日刊サンWEB

過去記事サイト

ハワイ出身のサーファー、べサニー・ハミルトン氏が4日、カリフォルニアで開催された式典に出席し、サーフ界の殿堂『サーファーズ・ホール・オブ・フェイム』入りを果たした。

ハミルトン氏は2003年にカウアイの沖でサメに襲われたが生還し、世界中に感動を与えた。同氏と共に殿堂入りが発表されたのは、選手生命を脅かす怪我を経験しながらも世界最高峰の大会で3度も優勝したオーストラリア出身のミック・ファニング氏。

「べサニーとミックの実績は伝説的です。両者は不屈の姿勢で人々を感動させてきました。2人は近代サーフ界における真のキングとクイーンです」と、サーファーズ・ホール・オブ・フェイムの創設者アーロン・パイ氏が述べた。

ハミルトン氏はリフエの、サーフィンを愛する家庭に生まれ育った。幼少期からサーフィン大会で優勝を重ねていたが、2003年の10月31日、13歳の彼女の人生は一変した。親友一家とハエナのトンネルズ・ビーチに出かけたその日、ボードの上で彼女は左腕に突然異常な力がかかるのを感じた。サメに前後に引っ張られ気を失い、親友が気付いた時には左腕は肩まで重傷を負っていた。

親友の父親が素早くサーフボードのリーシュで止血帯を作り、岸へ全員で避難。ハミルトン氏はウィルコックス記念病院に運ばれ、体内の血液の約60%を失い、複数の手術を乗り越えて数日で病院を退院したが左腕を失った。

ハミルトン氏はサメの襲撃を受けた後、出来るだけ早くサーフィンを再開すると誓ったがその言葉通りに1カ月後には復帰。2年も経たないうちにアマチュアの国際大会で優勝した。その後ハミルトン氏はプロに転向。

彼女の体験は映画化もされた自叙伝『ソウル・サーファー』で語り継がれている。