「もの言わぬ野菜の求め、これに繰り返し応えることで美味が生まれる」と、名随筆家でもある辰巳さんはしたためる。
料理家なる人は大勢いる。私も多分、100人近い料理家に取材をさせてもらってきた。長いこと料理を作るプロの現場を見てきた中で、最もおいしいレシピを考案し、お手本にするようになった料理家は、辰巳芳子さんと白崎裕子さんの2人だ。白崎さんのことはこのコラムでも何回か紹介したので、今日は辰巳芳子さんの料理について書きたい。
『辰巳芳子の野菜に習う』の、 表紙レシピを真っ先に作った。
辰巳さんの料理は孤高だ。世の中の大半を占める、“カンタンレシピ”とは真逆に位置する。材料の切り方、火の入れ方、味付け、盛り付け、すべて考えつくされて手塩にかけられている。
「ああ、かわいい。野菜は土の笑顔ね。」と、帯に添えられた言葉がいかにも辰巳さんらしい『辰巳芳子の野菜に習う』は、辰巳さんがクロワッサンに連載した料理をまとめた本だ。
担当したのは仲の良い編集者。「まずは表紙のインゲンのサラダを作ってみて! 辰巳先生の、料理に対する理(ことわり)がとってもストレートに表れているから」と言って本を渡してくれた。
写真を見ると、インゲンは縦半分にカットされている。筋に沿って切るのではなく、筋のない中心にペティナイフをすべらせるようにして切るとある。すると種も半分に割られることになり、透明感が出てきれいだ。早速作ってみた。
材料は、辰巳さん曰く「生り下りのとれとれを油断せずに塩茹で」とある。残念ながらインゲン畑を持たない私は、スーパーで調達。あとは玉ねぎ少々と、おいしい塩とおいしいエクストラバージンオリーブオイル。
作り方は、半割りにしたインゲンを、塩分20%くらいの熱湯で茹でる。茹でたら冷水で打ち水をする。
玉ねぎはごく小さなみじん切りにし、水にさらして布巾で絞っておく。本には「玉ねぎの分量は、もちろん好みで調整していいのだが、多すぎては玉ねぎが勝ち、少なすぎるとまったく面白くない。作り手のセンスが問われる」と、辰巳さんらしい辛口のクギの刺し方。
インゲンと玉ねぎを和え、塩とオローブオイルで調味する、このシンプルさが逆に怖い。なんか、悪い予感がした。
あと5秒長く、インゲンを茹でたら? あとひと垂らし、オイルを増やしたら!
私は野菜でもラーメンでも硬茹でが好きだ。だからいつもの硬さでインゲンを茹でた。みじん切りの玉ねぎも、水にさらす手順を自分好みにスルーした。オリーブオイルも好みのビタータイプ。
ところが味見しても味見してもイマイチ。辰巳さんのように「簡潔かつ上品、生餐にも通用する」ほど上級の味わいにはなってくれなかった。
私はすぐに編集者に相談した。指摘されたのはインゲンの茹で時間の足りなさと、水にさらさない玉ねぎとビターなオリーブオイルが主張しすぎたのではないかとのこと。
数日後、インゲンの茹で時間とマイルドなオリーブオイルに変えて作ってみたら、味にまとまりが出始めた。インゲンを縦に半割りにすることで、歯ざわりも、味のからみも上々で、丸のまま茹でたインゲンとは別趣の味わい! まだ合格じゃないけれど、作り続けてゆきたいレシピになりそう。
奥山夏実 おくやまなつみ●フリーランスライター 『クロワッサン』の特約記者を25年続け、東京を拠点にハワイは毎年、半年ほど滞在。近著に『ココナッツオイルバイブル1、2』、『HAWAII住むように暮らす』(ホノルルの博文堂でも発売中)など。 |