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家族でのマカオ・香港の旅、最終日前日。マカオから香港行きの高速艇に乗り込んだ私たち家族は、静かに喜びをかみしめていた。香港に着くと、10年振りの再会が待っていたからだ。  

 

今から10年前。なぜか我が家にホームステイの依頼が入り、当時20代だった香港人のベニーが、仕事で香川県にやって来た。しかも、たったひと晩。初対面とは思えないほどすっかり仲良くなり、彼が帰る日には家族が涙した。あれから10年も経つなんて、時の過ぎ去るスピードというのは、自分が考える何十倍も何百倍もはやいのではないかと思ってしまう。  

ベニーとは、私たちが宿泊するホテルロビーで待ち合わせ。ついに再会の瞬間。言葉を越えた10年振りのハグで、離れていた歳月が嘘だったかのように、一瞬で繋がることができた。あとで聞いた話だが、ベニーもまた、再会を待ちきれず、待ち合わせの1時間も前からホテルのロビーで私達の到着を待っていたそうだ。  

「必ず香港に遊びに来てください。その時には、香港中を案内しますから!」  

10年前の別れの日に彼が言った言葉。その言葉どおり、事前に観光用の小型バスをチャーターしてまで、私たち家族を様々な場所へと案内し、93歳の祖母の手を優しくずっとひいてくれた。彼のおもてなしに感動する私たちを横目に、彼は、香港滞在時間が短い私たち家族に、香港のいい所をすべて案内できないのが心残りだと、バスの中で嘆いた。  

楽しい時間は、あっという間に過ぎ去って行く。限られた時間の中、ベニーと本音で語り合った。香港の現状のことや将来のこと、彼から見た日本のこと、そしてこれからの世界のこと。国が違っていても、皆同じ、地球に生きる人間なのだと改めて感じさせられた。  

 

翌日の早朝。ベニーは左手にボストンバッグ、右手に掛け軸を持って、いつもの人懐っこい笑顔で、颯爽とホテルに現れた。ボストンバッグを渡され開けると、香港名物のお菓子がぎっしりと詰め込まれていた。そして、私の父にそっと掛け軸を渡すと、私たち家族がこれからも幸運に恵まれることを祈り、書の師匠にお願いして、特注して書をつくって貰ったこと告げた。彼のあまりにも純粋で思いやりの深さに、私は涙が溢れた。  

空港に向かう車中、私の母が心からのお礼の気持ちをベニーに伝えると、彼はこう答えた。  

「私は香港人を代表して、恥じないように今の私にできることを精一杯、心を込めてやっただけです、私こそ、お世話になった日本の家族のみなさんに、私の感謝の気持ちを受け取ってもらえて幸せです」  

無機質な超高層ビル群を淡々と走り抜けて行く車中が、彼のこの一言で一変し、やわらかく温かな愛情に包まれていった。

 

(日刊サン  2017/9/13)

 

大森 千寿
香川県生まれ。一人っ子。8才の時に韓国ホームステイを経験。12才の夏休みはオレゴン州にホームステイ。16才でオレゴン州のハイスクールに1年間留学。2003年自分探しで訪れたNYで運命の人と出逢い国際結婚。2010年ハワイにホテルコンドミニアムを購入したことがきっかけとなり、ハワイで過ごす時間が増える。現在はアーティストで夫のアダムウェストンのマネージメントをしながらハワイ、NY、日本を拠点に活動中。

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