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先日、NYでギャラリーオープニングを楽しんでいる最中、一本の電話がかかってきました。夫アダムの幼なじみで親友のジョンから。

「これから、ヨットでクルージングに行くんだけど行かない?バーレスクのショーもあるよ!」  

私たちの返事は、もちろん”Yes!”。偶然にも、ギャラリーからすぐの場所がヨットの出港場所という奇跡!夜の10時に出航するということで、ゆっくりとハーバーへと向かいました。  

 

バーレスクとは、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、1920年代にナイトクラブで流行した、大人向けのエンターテイメント。焦らしながら服を脱いで行くパフォーマンス。決してヌードになるわけではなく、歌と踊り、妖艶な色気で観客を惹き付けていく芸術性の高いエンターテインメント。

夜の10時が近づくにつれて、1920年代の洋服に身をまとう女性やタキシードにハットで決めた男性たちが集まり始めました。みなさん、コスプレをされての参加です。総勢130人を超える人々との2時間という短い航海がいよいよ始まりました。  

1854年に製造されたアンティークの大型ヨット。ハーバーを出ると、ゆっくりと夜風が顔を通り抜けました。マンハッタンの摩天楼の夜景を背に、ゆらりゆらりと気持ちよく船に揺られながら自由の女神が遠くに見え始めた頃、ふと、横にいた友人の一人で、ポーランド人の彼女がこんな話を始めました。

「私の故郷にいる友人は、二度とこの街に戻って来れないんだよ。」  

16年前にポーランドから一緒に夢を追いかけてNYへと渡ってきたのだが、訳あってもうこの国に戻って来ることができなくなったらしい。大好きな大好きな街に、もう、戻って来れない。  

 

自分がもし、大好きな場所へもう一生戻ることができないと分かったら、どんなふうに思うのだろうか。ぐるぐると、思いが巡りました。気がつくと、圧倒的な存在感を醸し出しながら、自由の女神が間近に迫っていました。その青白い灯りに照らされる中、祖国のこと、家族のこと、これからのこと、そして、二度と戻ってこないものについて、二人でしばらく語り合いました。  

人生は十人十色。みんな一生懸命に生きている。  

バーレスクの踊りが佳境を迎え、船上は笑いと熱気の渦に包まれました。私たちは話すのをやめ、人だかりに加わり、目の前に確かに存在している今という「瞬間」を味わった。そうだ、あるのは今、この瞬間のみ!

「二度と戻らない今という時間を、これからも思う存分、思いっきり楽しもうね!」友人とそう話し、深夜を過ぎてもまだ煌煌と照らされる、マンハッタンの夜景の中へと戻って行ったのでした。

 

 

(日刊サン  2016/8/15)

 

大森 千寿
香川県生まれ。一人っ子。8才の時に韓国ホームステイを経験。12才の夏休みはオレゴン州にホームステイ。16才でオレゴン州のハイスクールに1年間留学。2003年自分探しで訪れたNYで運命の人と出逢い国際結婚。2010年ハワイにホテルコンドミニアムを購入したことがきっかけとなり、ハワイで過ごす時間が増える。現在はアーティストで夫のアダムウェストンのマネージメントをしながらハワイ、NY、日本を拠点に活動中。

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