「お姉さん。終わりましたよ、映画」。目を開けると劇場のライトが眩しくてクラクラした。冒頭、入水に失敗した太宰が「あぁ、死ぬかと思った」と呟いたところでフフッと笑った後の記憶が一切ない。直前に食べた鰻の白焼きが美味過ぎて、1人で日本酒を4合も空けてしまったからだ。 体調を気遣い、懸命に仕事を支える良妻・美知子と3人の子どもがいながら、夜な夜な飲み歩いては幾人もの女性と恋をし、自殺未遂を繰り返すー文豪、太宰治はなぜここまで破天荒でありながら魅力に満ち溢れていたのか。
小説“斜陽”のモデルとなった作家志望の静子、美容師で未亡人の富栄という2人の女性に激しく愛されつつ、自身の最高傑作“人間失格”を執筆するに至るまでの日々を色鮮やかに、またイマジネーション豊かに描く。 劇中でも志賀直哉から作風をけなされ、三島由紀夫には面と向かってあなたの文学は嫌いです!と宣言されたように、彼のネガティブ傾向な小説、或いはその奔放すぎる人柄の好き嫌いは大いに分かれると思う。
借金に自殺未遂、アルコールと薬物依存、不倫の末、愛人に子どもを産ませるなんて人でなし!と思う人間も多いだろう。が、不思議なことに映画を観ればそんな太宰を愛おしくさえ思えてしまう。「死ぬ気で、恋する?」や「一緒に堕ちよう」といった甘いセリフに加え、バーカウンターの下、他人からは見えないところでそっと手を握られたりしたら。そして、じゃあ帰るわ、と言いながら数分後にやっぱりもっと一緒にいたい!と女性の元に戻ってくる…呆れるほどの女たらしで憎らしいけれど、愛おしい。
彼が素晴らしい作品を世に残せたのは、女性達との華麗な恋愛遍歴もあるが、もちろんその複雑な内面ー感受性の強さ、繊細な一面、ユーモアや常に抱えていた葛藤のおかげだろう。 東京に用事があり、せっかくなので三鷹市にある太宰治のお墓参りをしてきた。ちなみに彼は鰻が好物だったそうで、お酒も大好き。何となくシンパシーを感じたのだった。
加西 来夏 (かさい らいか)
映画は年間100本以上視聴、訪問国は39ヵ国~の旅する映画ラヴァー/主役を魅力的に演じた小栗旬さん、既に渡米していて来年にはハリウッド映画の出演も決まっているとのことで今後の活躍も楽しみです。(2度目は一切酒を飲まずにきちんと鑑賞しました)
(日刊サン 2019.09.26)