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酷暑の夏から、季節は秋へ。9月に入ると、8日と15日の日曜日、目黒駅周辺と駅に近い公園の二つの会場で、サンマを焼く煙がもうもうと上がる。落語「目黒のさんま」にヒントを得て、永年、開催されている「さんま祭り」。東京の風物詩となった「祭り」は二つあって、その背景に対抗心、ライバル意識がのぞく。 まず8日に開かれる「目黒のさんま祭り」は、目黒駅前商店街振興組合青年部が主催し、今年で24回目。

 

岩手県宮古市から提供されるサンマ7,000尾、徳島県神山町のスダチ1万個に、栃木県那須塩原市の大根おろしが添えられ、サンマを焼く炭は和歌山県の備長炭と、それぞれの産地の思いが込められている。 会場は目黒駅前だが、住所としては品川区だ。行列して無料のサンマを口にする光景は、テレビなどでもおなじみで、落語の高座も近くに設けられる。

 

これに対して、1週間後の15日には、43回の歴史を数える目黒区民まつりの一環として、田道広場公園で「目黒のさんま祭」が開かれる。こちらは宮城県気仙沼市のサンマ7,000尾と大分県臼杵市のカボス。目黒区と気仙沼市は友好都市として提携している。 祭りを前に心配なのは、近年、サンマの不漁が続いていることだ。さらに中国や韓国がサンマ漁に進出し、日本漁船の水揚げ減に拍車をかけている。

 

三陸沿岸などの漁業者は伝統的に近海、つまり日本の領海である排他的経済水域(EEZ)でサンマ漁を続けてきたが、中国、韓国などは大型船を投入し、日本の領海の外側の北太平洋で漁をするようになった。この漁法だと、サンマが日本に回遊してくる前に先取りされてしまう。 そのうえ、北太平洋海域のサンマの資源量自体が減少しているというデータがある。日本は2010年以降、年間20万トン前後の漁獲量を記録し、14年には22万5千トンだったが、一昨年は8万4千トンと、平成以降では最低を記録した。

 

こうした状況を受けて、漁獲枠の上限を協議する「北太平洋漁業委員会」が7月に東京で開かれた。参加したのは、日本、中国、台湾、ロシア、韓国、米国、カナダと南太平洋のバヌアツの8か国。日本は、国・地域ごとの規制を提案したが、各国の利害がからみ、取り合えず来年は、トータルで55万6千トンを上限とする規制枠で合意した。公海での漁獲が33万トン、EEZで22万6千トンという内訳だ。 ここ数年、「目黒のさんま祭り」に、サンマが届くかどうか危ぶまれた事態もあった。

 

今年も、8月半ばには北海道のサンマ不漁のニュースが流れて不安が増し、祭りが無事に開かれるよう祈るばかり。この時期、祭りの動向が気になるのは、サンマ漁の見通しだけでなく、提供されるスダチが故郷である徳島県の特産で、個人的愛着が強いせいでもある。 徳島名産のスダチは、9月になると、露地ものが本格的に出回る。値段も比較的安くなるので、1キロの箱入りで故郷の味をお世話になっている方々にお届けすることを、10数年来の習わしにしている。

 

スダチは、スーパーマーケットなどで高い値段で売られることが多く、「緑の宝石」と呼んで喜んでくれる人もいる。 同じ徳島出身の知人は、「松茸はありませんが」と断り書きをつけて、スダチを知人に送っていた。サンマ、松茸だけでなく、鍋料理、刺身、湯豆腐や冷奴などに香りと繊細な味を添えて、万能の力を発揮する。

 

「スダチ焼酎」は定着し、「スダチビール」も登場した。 例年、配送をお願いしているのは徳島県北東部、鮎喰川上流に位置する神山町の「すだちの里 神山」(鬼籠野=おろの=郵便局)だ。神山町は最近、IT企業を中心に東京などからサテライト・オフィスの進出が注目され、都市部からの移住者も増えて、新たな顔を見せつつあるが、もともと山間部にあり寒暖の差が激しく、香りのよい高品質のスダチが収穫できる。

 

スダチの生産高は全国で6千トン前後だが、98%は徳島で生産され、神山町はその四分の一を占めて全国一。スダチの実を一個一個摘む作業は、針のようなトゲで指を傷つける危険と隣り合わせの厳しい労働。高齢者がこの仕事を支えている。 目黒のさんま祭りで、宮古と気仙沼のサンマ同様、スダチのライバルとなるのが、大分のカボス。

 

スダチをお送りしたのに、「カボスを有難う」という礼状が来ることがあり、あえて訂正をお願いする。神山町と臼杵市と、それぞれの応援団のライバル意識は相当なもの。いい意味での競争心が、よりよいスダチを育てることにつながって欲しいと希望する。 ここで、スダチの魅力を生かす食べ方として「スダチご飯」を紹介したい。

 

レシピは簡単で、温かいご飯に削った鰹節を振りかけ、醤油をかける。これだけなら「猫まんま」だが、これに半分に切ったスダチを搾ってたっぷりとかける。さわやかな味わいは、お酒の後にぴったり。老舗の「なだ万」で賄いご飯として供されていた、といわれ、若い人たちにも是非、試して欲しい一品だ。

 

 

(日刊サン 2019.08.24)