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久しぶりに霞が関の東京地裁に出かけて、裁判員裁判が開かれている法廷に入った。司法記者として、法廷の取材は十分に経験しているつもりだが、裁判員制度が導入された2009年には、社会部の取材現場を離れていたので、一般市民である裁判員6人が3人の裁判官とともに壇上に並ぶ法廷は、初めて見る体験だった。 東京地裁のホームページを見ると、裁判傍聴に必要な手続きが分かる。

 

裁判員裁判の開廷を確認するには、「1階守衛ボックスに備えてある開廷表で、その日に審理される事件の時間や法廷番号を確認して、法廷に入り下さい」とある。玄関で金属探知機などの関門を通り、電子掲示板の案内に従って法廷に入れば、傍聴席でメモをとることも出来る。

 

裁判員裁判を傍聴する気になったのは、旧・東京大学新聞研究所(現・情報学環教育部)の同窓会で、ジャパンタイムズ記者・デスクを経験した神谷説子さんから「裁判員制度:市民が法壇に座った10年」の講演を聴いた時だった(今年3月)。

 

裁判員制度は、中坊公平・元日弁連会長らが参加した政府の司法制度改革審議会(佐藤幸治会長)の最終意見書(2001年)により実現した。当時、審議会開催のたびに取材した話をしているうちに、米国の陪審制裁判も取材・研究した彼女から、「ぜひ、傍聴してください」と勧められて、宿題のように感じていた。

 

裁判員は刑事事件の審理を対象に、有権者名簿の中から抽選で20歳以上の人が候補者として選ばれ、病気や妊娠などの理由で断ることも出来る。辞退者は2010年の53%から18年には過去最高の67%に上昇して、最高裁も頭を痛めている。 私自身は検察審査会の審査員に選ばれて、不起訴になった事件について、起訴相当かどうか、半年間、審査に当たった体験があるが、裁判員の負担は、死刑判決を言い渡さなければならない重大事件もあり、比較にならないほど重いと感じる。

 

裁判員として拘束される審理日数も、当初の平均4.2日から6.4日に伸び、これが辞退率増加にも影響している。それでも裁判員制度が国民の間に根づいてほしいと願う気持ちは強い。 裁判官だけの従来の裁判では、検察官と弁護士とのプロの三者で手続きが進められ、難しい法律用語のせいもあって、法廷で傍聴していても、素人である国民には分かりにくかった。

 

「国民の司法参加」は、この問題点を解消するため、一定の効果を上げてきた。 各裁判所では、裁判員経験者から意見を聞く懇談会などを設けて、体験を共有しようとしている。

 

裁判員にはかなり厳しい守秘義務が課されるため、経験者が自由には話せない側面はあるが、「義務」としてだけでなく、積極的な参加が司法を国民のものに変えてゆく力になるという意識が広まることが望ましい。 近年、逮捕された被疑者の勾留請求を裁判所が認めない事例が増えていることも、裁判員制度のひとつのプラスの側面だといえる。

 

また検察当局は被疑者を起訴した後も、否認のケースなどで保釈を認めないよう裁判所に求め、裁判所もこれを容認し、「人質司法」と批判される風潮があるが、最近は裁判所が保釈を認めるケースが増えている。裁判官と検察官の閉じられた関係だけでなく、民間の感覚が裁判に生かされてきたことによる波及効果と受け止めていい。

 

取り調べの可視化、つまり被疑者を密室で取り調べる際、音声や映像でその状況を記録し法廷に提示する手法も、裁判員裁判で段階的に義務づけられてきた。強引な取り調べによる冤罪を防ぐ意味で、刑事事件すべてに適用されることが望ましいが、一歩前進といえるだろう。

 

司法制度改革審議会の意見書では、法曹養成の仕組みについても、法科大学院の設置や司法試験合格者の増員を提言した。合格者は2000年以前は1,000人に満たなかったが、第一段階として司法試験合格者数を1,500人に増員し、さらには3,000人を目指すという目標が掲げられ、新たな司法試験制度が導入された。

 

当時、中坊さんたち改革派は、法曹人口が少なすぎて国民が司法を自分たちのために十分活用できない状態にある、と指摘し、大幅な増員を求めた。企業内弁護士の増員で、リーガルマインドを企業活動にも徹底する考え方が増員を求める根拠の一つとなった。残念ながら現状は、企業の受け入れが少なく、弁護士過剰を招き、法曹界は新たな課題に直面している。

 

法科大学院も、雨後の筍のように乱立、司法試験合格にふさわしい「質」を確保できず、廃止に追い込まれたところも出ている。 司法改革を考える場合、裁判官そのものの意識改革や制度改革も大きな課題となる。

 

最高裁の顔色をうかがい保守的な判決に傾きがちな裁判官に対して、裁判所内部から「日本裁判官ネットワーク」が生まれ、具体的に問題提起してきた。私自身、そのメンバーとの交流も長く続く。現場の意見を生かして、司法改革の理念をさらに実りあるものに、と東京地裁の法廷で改めて思った。

 

 

 


高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。


 

 

 

(日刊サン 2019.09.07)