いきなりですが、ごあいさつ代わりにクイズをひとつ。日本の総人口は現在、約1億2600万人といったところですが、さて、アジアの国々のなかでのランキングは? 正解は6位です。
1位中国、2位インド、3位インドネシアくらいまでは、すらすら答えられたかもしれませんが、4位パキスタン、5位バングラデッシュというあたりは、なかなか浮かばないかもしれませんね。
日本の人口は2008年をピークに毎年のように減り続け、少子高齢化が言われて久しいのですが、長寿と聞いて今でもまっさきに思い出すのは、30年近く前、名古屋の双子の100歳姉妹で、すっかり国民的な人気者になった成田きんさん、蟹江ぎんさんです。テレビの出演料を何に使いますか、と尋ねられて、「はい、老後の蓄えにします」と答えたのには吹き出しました。ユーモアもきっと、ご長寿の秘けつだったのでしょうね。
この16日には「敬老の日」を迎えますが、昨年の敬老の日現在で厚生労働省がまとめたところでは、100歳以上の超高齢者は6万9785人。実にその88%は女性でした。いまでは100歳以上の方は珍しくないのですが、これが日本の総人口が1億人を切るといわれる2050年頃には、100歳以上は何と約50万人に達するというのです。
言葉はよくないですが「きんさん、ぎんさん、うじゃうじゃ状態」ですかね。 そこまで超高齢者の割合が増えてくると、100歳のお年寄りのお宅に市長さんや町長さんがおじゃまして、カメラのフラッシュを浴びながら、祝いの紅白まんじゅうを贈る、といった光景もなくなることでしょう。
ふくらむ老人医療費やひっ迫する年金財源の問題が世を騒がせるなか、長生きの幸せを寿(ことほ)ぐ声の一方で、「長生きリスク」といった、どことなく冷たい響きの言葉も社会に定着しつつあります。 歴史をひもといてみると、古今東西、不老長寿をめぐる逸話にはことかきません。
秦の始皇帝は「蓬莱山」(ほうらいさん)など東方の三神山に不老長寿の霊薬があると聞いて、行者の徐福を古代日本につかわせたという伝承が熊野はじめ各地に残っています。そうかと思えば同じ中国でも、前漢を開いた劉邦(りゅうほう)は死の床に伏したとき、案じたお妃の呂后(ろこう)が探し求めて枕元に連れてきた医者に「命ハ即チ天ニアリ。扁鵲(へんじゃく)トイエドモ、何ゾ益セン」と告げて医者を退かせたといわれます。
たとえ伝説の名医扁鵲でも、定まった命はどうすることもできない、というわけですね。 今ならさしずめ、延命治療や、法外な値段の保険適用外の薬をきっぱり断った、というところでしょうか。さすがにハラがすわった英雄でした。 人の寿命なんてわからないもの。「想定外」が起こるのも、どうやら常のようです。
『徒然草』の兼好法師は「命長ければ恥多し、長くとも四十路に足らんほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ」と40歳になる前に世を去ることを薦めましたが、ご本人は67歳まで生きました。江戸期の蘭方医杉田玄白は「長生きを願うのは、老いて不自由の身を考えぬからで、無益のことなり」とぴしゃりと言ったものですが、84歳まで長生きしました。
大口をたたいたおふたりとも、晩年はさぞ、きまりが悪かったのではないでしょうか。 そこへいくと、『富岳百景』で知られる江戸期の天才絵師・葛飾北斎などは、88歳とけっこう長生きしたのに「100歳くらいにならないと自分の絵の奥義は究められない」とうそぶいた、元気なスーパー老人でした。
これは架空の世界のことですが、英国の作家ジョナサン・スィフトの『ガリヴァー旅行記』には、歳はとっていくのに、けっして死ねない呪(のろ)いをかけられたストラルドブラッグ人が登場します。手塚治虫の『火の鳥』宇宙編には、老人からまた赤ん坊に戻り、永遠に死ねない罰を受ける流刑星の話が出てきます。
死ぬことができないのは、それはそれでまた辛いのでしょう。 とりとめのないことを考えていたら、秋めいてきた青空を横切ってトンボが飛んでいきました。トンボ君に聞いたことはないのですが、おそらく寿命がどうのこうの、などと心煩わせることなく、悠然と、軽やかに、そして無心に、いのちを輝かせて生きている。 「人間様などより、君らはよほど上等なイキモノだね」。そう語りかけつつ、トンボの航跡を追いました。
木村伊量 (きむら・ただかず)
1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。
(日刊サン 2019.09.14)