日刊サンWEB

過去記事サイト

ハワイの女王 令和の皇室

 世界で愛唱されてきた名曲『アロハ・オエ』は、とても美しい歌です。「誇らしげに谷を横切る雨は/森の中を通り抜けていく/それはまるでリコ(ハワイの植物)を探しているかのよう/山あいに咲くレフアの花よ/さようなら、あなた、さようなら愛する人……」

 

 この歌を作詞、作曲したのは、ハワイ王国最後のリリウオカラニ女王(1838-1917)でした。少女と軍人との切ない別れを題材にした、いや、共和制をめざした米国の白人勢力によるクーデタによって、王国がまさに歴史の波間に消えようとする悲劇を歌ったのだ、と解釈はさまざまです。

 

 ホノルルを初めて観光旅行したときに、壮麗なイオラニ宮殿を訪れたことを憶えています。女王はこの宮殿に9か月も幽閉された後、ついに王位からの退位を宣言し、カメハメハ大王以来8代、約1世紀にわたった王朝の歴史に幕を閉じたのでした。

 

 女王の兄で、先代のカラカウア王は、太平洋進出に野望を抱く米国の脅威をひしひしと感じていました。1881年に来日した折に、明治天皇に皇族の山階宮定麿(やましなのみや・さだまろ)親王と娘のカイウラニ王女との縁談を持ちかけ、王国の安泰をはかりました。米国との関係悪化を恐れた天皇は申し出を断り、実現はなりませんでしたが、ハワイと日本との因縁浅からぬ結びつきを物語るエピソードでしょう。

 

 そんな近代史の一コマを思い出したのは、令和という新しい時代の幕が開き、天皇、皇后の即位を国内外に宣言し、慶事を祝う華やかな儀式が、古式豊かに繰り広げられたからにほかなりません。

 

 天皇制についての考え方は、もちろん人によってさまざまでしょう。けれども、現憲法が定める象徴天皇制を維持していくのが望ましい、ということを前提にするなら、このまま手をこまねいていては、象徴天皇制が遠からず「自然消滅」する危機を迎えるのは誰の目にも明らかです。

 

 いまの皇室典範では、皇位継承について3つの条件が書かれています。つまり、直系男子に限る、養子はだめ、皇族の女子は皇族以外の男子との婚姻で皇族の身分を離れる、という決まりです。これに従うと、いずれ新天皇の後を継ぐ有資格者は、継承順に弟君の秋篠宮、甥の悠仁親王、叔父の常陸宮のお3方限りということになるわけです。

 

 江戸期以降の約4百年で、19人の天皇のうち15人は「側室」から生まれました。側室制度は直系男子のしくみを維持するシステムだったのですが、側室制度の復活は、まさか、21世紀にはありえませんよね。敗戦後間もない1947年に皇室を離れた11の旧宮家の男子を皇族に復活させては、という案もありますが、皇籍離脱から70年以上が経ち、国民のコンセンサスが難しいことなどを考えると、これも現実的とは思えません。

 

 晩婚化と少子化の波は皇室にも及んでいます。あれこれ考えると、結局、女性天皇や女系天皇(男女を問わず、女性天皇の子)を認めるしかないだろう、というのがわたしの意見です。

 

 神代の時代はさておき、歴代の女性天皇は推古天皇、持統天皇など10代、8人おられます。海外では英国のエリザベス女王ら多くの立憲君主国が女王を戴(いただ)いていることはよく知られています。日本国民の8割以上が、女性天皇を容認しているのは、むべなるかなと思います。

 

 皇位継承に伴う問題は、小泉内閣で検討されたのですが、2006年9月に悠仁親王が誕生し、以来、さたやみになりました。新天皇が即位したばかりだし、「将来のことはなんとかなるさ」という気分が国内に広がっているように感じます。女性天皇、女系天皇に断固反対する声もあります。しかし、近づく危機を見て見ぬふりすれば、さらに大きな危機となってはね返ってくる。それは、歴史が教えるところではないでしょうか。

 

 さて、再びハワイの話。王国歴代の50人以上の王族をまつる霊廟(れいびょう)がホノルルにあると聞きました。あのリリウオカラニ女王もそこに眠っているのですね。霊廟の門の近くには威風堂々、樹齢150年のカマニの大樹が枝を広げ、王族の眠りを守るように立っているとか。昔日の王国をしのびながら、いつの日か心静かに訪ねたいと思います。

 

 


木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。


 

 

 

(日刊サン 2019.12.07)