日々の食卓に無くてはならない鶏肉。定番の唐揚げ、親子丼、チキンカレーに加え、ご当地名物、とり天やチキン南蛮…。もはや無限の調理法で、牛肉や豚肉を抑えて、日本国内肉消費量のトップに君臨する(2016年時点/農林水産省)。そんな鶏肉だが、平成29年時点における日本国内の鶏肉自給率は64%、そのうち、純粋な国産鶏はわずか2%だと言われている。
日本の食卓で食べられている鶏は、ほぼ全て外国産なのだ。このことを知っている人はどれくらいいるのだろう。私たちの多くは、無意識にスーパーに売られている鶏肉を買って食べている。この機会に、普段何気なく食べているものが、どこからやってきて、どこで作られ、加工されたのか、一考してみると、全く新しい発見があるかもしれない。
地鶏とは、一体…?
地方に旅行に行くと、レストランや居酒屋のメニューで誰しもが目にしたことがあるのではないだろうか。“○○県産地鶏使用!”のうたい文句。“地鶏”と聞くだけで、ちょっとお高めだけど安全で美味しい、と思ってしまうのは、それほど地鶏ブランドに対して社会的信用があるからなのだろう。
だが、地鶏そのものの定義を完全に知っている人はごく稀だ。「えっ、国産鶏のことでしょ?」と思った、そこのあなた。鶏の唐揚げがこの世で一番好きな私も、そう思っていた。しかし、実際は、そんなに単純ではなかった。
この答えを教えてくれたのは、2019年5月に、ハワイ大学で地理学の博士号を取得した、Benjamin Schragerさん。日本の地鶏に関する研究を専門とし、学生時代に2年間、宮崎県に移り住み、地元の養鶏場で地鶏をどのように飼育し、販売するのかを実際に体験しながら研究を重ねた。
今年の10月からは、京都大学の研究員として、さらなる地鶏研究を行っていくという。彼はいわば、日本人よりも地鶏を知り尽くした、地鶏専門家なのだ。
Schragerさんによると、一般的な地鶏の規格は、「在来種の血が半分以上入っていること、75日以上飼育されていること、そしてある一定の広さで飼育される鶏の数が10羽以下であること」が挙げられるという。ここでの在来種とは、明治時代以前に日本に伝わり定着した品種のことを言う。 しかし、この規格は県によって、さらには、飼育する地鶏の種類によって変わってくるそうだ。
Schragerさんが研究していた宮崎の地鶏、みやざき地頭鶏(じとっこ)の場合は、雄鶏は120日以上、雌鶏は150日以上の飼育が規定されている。「このように地鶏の規格が定められたことで、地鶏産業は勢いを増していった」とSchragerさんは語る。
どういう鶏を地鶏と呼ぶかが明確になったことで、急速に地鶏のブランド化が進み、各地のご当地名物として親しまれるようになっていった。このような規定に加え、政府は、“鶏を天然記念物化する”という概念をドイツから取り入れ、さらなるブランド化の促進と、地鶏そのものの保護に乗り出した。こうして、現在の地鶏の社会的地位が確立したのである。
ちなみに、若鶏(ブロイラー)、銘柄鶏と呼ばれる鶏は地鶏ではないので、ご注意を。
地鶏と侍
地鶏の歴史について語るうえで欠かせないのが、なんと、サムライの存在だという。日本最古の書物「古事記」にも記されているように、元々、鶏は観賞用として重宝されていた。そんな、日本の伝統文化の一部として親しまれてきた鶏を食料品として産業化したのが、侍なのだという。
時代の流れとともに表舞台から消えていった侍たちは、最も身近に存在していた鶏に目を付け、食用として販売するビジネスを始めた。愛知県の名古屋周辺に、仕事を失った侍たちが多くいたことから、「侍のおかげで、今の名古屋コーチンが有名になった」とSchragerさんは語る。人を切ることを生業としていた侍たちの引退後の仕事が、養鶏とは、なんとも驚きの事実である。
第二次世界大戦と欧米化
第二次世界大戦の終わりと同時に、欧米の鶏肉や、養鶏技術、外国産の飼料が大量に流入するようになった。欧米の、いわゆるブロイラー鶏は、地鶏よりも安いうえに、肉質も柔らかく、瞬く間に国民の食卓に置かれるようになった。現在、ブロイラー鶏の市場シェア率は約50%を超える。その反面、地鶏は約1%のみ。
「どうやって他の鶏と差別化するか、が一つの大きな壁になっている」とSchragerさんは語る。 さらに、「ほとんどの地鶏のルーツは海外にあり、さらに食べている飼料も外国産になっていることから、“国産”というブランドを定義することが非常に難しくなっている」と、今の地鶏産業が抱える欧米化問題を指摘する。
地鶏の今後
Schragerさんは、「安くて美味しいブロイラー鶏に負けない地鶏を提供するために、各養鶏家は掛け合わせをして新たな地鶏ブランドを作り上げるなど、日々研究している」と、明かす。欧米化は避けても避けられない状況の中、どのようにして国産地鶏というブランドを守り続けていくのか。今後の地鶏産業の戦略に着目していきたい。
生まれた瞬間から、人々の食卓に届くまで、丹念に時間と愛情を込めて育てられる地鶏。なぜ、こんなにも私たちは地鶏という響きに安心感を覚えてしまうのか、今回ようやくはっきりすることが出来た。今度、地鶏料理を食べる時は、その味をより一層深く感じられるかもしれない。
(文 耕智清楓)
(日刊サン 2019.07.13)