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サンライズレストランオーナー 玉寄朝勝さん

Bynikkansan

5月 25, 2012

お客から従業員、 そして結婚ヘ

朋子

家がこのすぐ近くの教会の敷地の中にあったんです。父がお酒が大好きだったから、しよっちゅう来て、いつもお世話になっていました。年をと って、飲むと同じことを繰り返して話すんですけど、ここは毎回お客さんが違うでしょう。

 

相手が変われば、同じ話でも聞いてくれるんです。それで私はいつもお風呂上がりに父を迎えに来ていたんです。そこで一杯飲むようになりました。

 

 

朝勝

そうするとみんなが狙って来るようになったんです。だから客寄せに使って、 「今日は朋子さん来る日ですか」と電話がかかると、 「来る日です」。それで電話をかけて来てもらっていました。

 

日本から来るお 客さんからは、 「最初来た時はお客さんだ ったのが、2回目に来たら働いていて、3回目に来たら奥さんになっていた」と言われました。

 

 

朋子

その頃人手が足りなくて、可哀想になって、近くで通勤時間もないので、ちょっとお小遣い稼ぎにと手伝い始めたら、どんどん回数が多くなって、気がついたら毎日のように来るようになっていました。そのうちにこの人と一緒になるんだと思うようになったんです。

 

朋子

縁があったんですね。ある時、彼が仕込みをしながら、オックステールを作る時に缶詰のタケノコを使っていたんです。私が入りながら、「馬の臭いがする。馬小屋を思い出した」と言ったら、彼もびっくりしていました。

 

タケノコの香りは、子どものときにかいだ馬小屋の匂いだなと思っていたんです。もっとも彼は田舎の馬小屋、私は父が騎手だったので、明治大学の馬小屋の臭いだったんですけどね。

 

 

朝勝

お互い意識し出したのはそれからです。それまでは、手伝いに来るようになって初めてにしては対応も良いし、「使えるな」と思っていた。

 

今は、昔「マスター帰るよ」と言ってくれていたお客さんが、私に挨拶しないで彼女に挨拶して帰るようになっています。それで良いと思いますが。テレビの『新婚さんいらっしゃい』にも出たんです ょ。

 

もう結婚して5年になりました。 朋子 私がKZOOに入った時とサンライズがオープンしたのが同じ頃だったんです。それと、私の所属しているマキキ教会のソフトボールチームとサンライズチームがゲームをしていたのも縁です。

 

 

朝勝

店に集まってくる学生達に、 「馬鹿な遊びをしないでソフトボールのチームを 集めなさい」と言って、マキキ教会と試合をするようになって、お互いを知るようになったんです。

 

朋子

私は東京出身、彼は沖縄出身と、全く違う環境で育っていますが、彼は、私の叔 母ととても似ているんです。叔母は今は埼玉に住んでいるのですが、実は、沖縄に8年住んでいたことがあって、食べ物の好みや性格で共通点があるんです。そんな面でも、この人とは縁があると思いました。

 

最初の頃から、この人は優しくて、ホスピタ リティがあって、楽しい人、真面目によく働く人だと、 これでイエスさまを信じてくれたら完璧なんだけどとは思っていました。

 

 

朝勝

今は洗礼を受けて、クリスチャンです。晟初はワイフに捨てられないようにと思 って教会について行っていましたが、心の中では、ィエスさまなんて馬鹿なことはありえないと思っていたんです。

 

牧師さんが、「自分の場所で自分のお祈りをしなさい」と言われるけれど、何をお祈りしたら良いかも分からない。それで周りを見回すと、みんな真剣にお祈りしている。

 

そのうち3か月ぐらいたって、自然にお祈りが出来るようになりました。私は「お客さんも従業員も、みんなが仲良くスムーズにいくようにしてください」とお祈りしています。

 

私は聖書は読んだことがないのですが、日めくりカレンダーで聖書の中の良い言葉を見つけて、集めていますし、毎週日曜日には、必ず教会に通っています。

 


玉寄朝勝(たまよせちょうかつ)

沖縄県与那城村屋ケ名出身。地元の中学卒業 後、ハワイに留学。ホノルルで本願寺ミッションスクールに進学。その後病気のため沖縄に帰国。調理師免許を取得後、再度ハワイヘ。叔母の クラブ、ホノルル市のふるさとレストラン、貞レス トラン、江田屋で調理師、寿司職人として働いた 後、 1998年に沖縄料理と寿司の 「サンライズレ ストラン」をカパフルに開店。名物オーナーシェ フとして広く地元民、観光客からの人気を集め ている。夫人の山崎朋子さんは、KZOOラジオの アナウンサーでもある。


 

 

(日刊サン 2012.05.25)