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【インタビュー 輝く人】NGOジュレー・ラダック主宰 スカルマ・ギュルメット

インドの北に、人々が大変シンプルな生活をしている山岳地帯、ラダックと呼ばれる地方があります。ここに住む人々は農民が多く、遊牧民も、ほとんどがチベット仏教徒。各家庭には必ず写真が飾られているというダライ・ラマ法王も、毎年、ご説法に訪れ、その際には、ラダックの中心街、レーという小さな街になんと10万人以上の人々が訪れます。ヒマラヤ山脈に囲まれ、夏でも雪山が見渡せるという、環境的にも大変厳しい地域ですが、自然の厳しさが作り上げるその美しい風景、そしてラダック人のシンプルで地球に優しい生き方に、私たちはどうやら学ぶことが、たくさんありそうです。

ラダックを紹介するNGO団体、「ジュレー・ラダック」を主宰しているラダック出身の、スカルマ・ギュルメットさんが、ラダックのことをハワイの人達にも紹介する為に講演会にいらした際に、お話を伺いました。

 

NGOジュレー・ラダック主宰 スカルマ・ギュルメット

1966年、ラダック生まれ。大学卒業後から、セーブ・ザ・チルドレン・プロジェクト(イギリス)など様々なNPO, NGOの団体に所属し、人々を助けることに専念。1998-2000年までハワイに住み、カピオラニ・コミュニティ・カレッジやハワイ大学に通う。2001年に日本に移住し、2004年から、ラダックを人々に紹介するNGO団体「ジュレー・ラダック」をスタート&主宰。 スタディツアー、ホームステイ・プログラム、文化交流を行う他、エコフレンドリーでサステイナブル(持続可能な)自主経済発展を目指す活動をラダックで行っている。ジュレーとは、ラダックの言葉でアロハというような意味。ちなみに彼の名前の意味は「変わりなき星」。

http://julayladakh.org

 

お金が要らない。心が豊かだから。

ーまずはラダックとはどんなところか教えて下さい。

 

ラダックはその昔、独立した仏教王国でしたが、19世紀に滅亡し、インド領となりました。ヒマラヤ山脈などに囲まれ、夏の間、数カ月以外は雪で塞がってしまい、寒さが厳しく乾燥しています。ラダック人はチベット仏教徒がほとんどで、小さな頃からチベット仏教の教えを学びながら育ちます。嘘をついてはいけない理由はなぜか、なぜ人を殺してはいけないのか、なぜ自然を尊重しなければいけないのか、などを語り合います。ですから、ラダックではほとんど犯罪はありません。とてもみんな平和でハッピーなんです。

経済的に豊かとはいえないし、過酷な気候なので、不便なことも多いですが、心がとても豊かです。ラダックに住む人々はみんなが兄弟、家族だと考え、お互いを助け合うことが当たり前です。助け合わないと生きていけないという理由もありますが、常に自分以外の人のために、なにかできないかと考えています。ですから、僕にとっても「人助け」ということは自然なことでした。  

 

ラダックの人達はとてもスピリチュアルで、誰もが普通にチベット占星術で人生を占い、悪いことがあると予言された時期が近くなるとお坊さんにお祓いしてもらっています。常にシャーマンや、ヒーラー達がそばにいて、治療代を彼らは一切とろうとしません。治療につかった薬は、自然界からとってきた薬草なのだから、お金は必要ないというのです。その代わり、カタックスという尊敬の念を込めた神聖なスカーフを捧げたり、食べ物をわけたりと、ブツブツ交換などをすることも多いです。グローバル経済がラダックに入ってきてからは、最近、皆少しお金を払うようになっていますが、それでも今だに決まった値段ではありません。

インド北部の山岳地帯、ラダックの風景

 

このようにお坊さんやヒーラー達の影響がラダックでは大きく、いまだに、赤ちゃんが産まれると、その名前は親がつけるのではなく、お坊さんがつけています。ですから、僕も11人の兄弟がいますが、全員名前が(名字も)違うのです。その11人の兄弟は私の場合は父親が違います。ラダックでは、一妻多夫制が認められているので、母に一人以上の夫がいることがあります。一夫多妻も認められていますが、男性の場合、2人程度が平均です。全員が全員ポリガミー(複婚)をしているわけではありませんが、みんなとても幸せですよ。経済的にもこのほうが助かりますし、執着心がなくなるので離婚に至らずにみんなが安定しているのです。憎しみあうということがあまりないんですね。  

ラダックに住む人達は、カフェやレストランなどモダンな娯楽は都市部以外にないですから、人の家に集まってお茶を飲むのが日課です。誰々が最近どうなった、じゃあどうやって助けてあげようか、といった話題がほとんど。ラダックは、日本では想像できないような不便さがあるのは確かです。でも、仲間がいるからお金がそんなに必要ない。人と自然とつながっているから心が豊か。純粋さがいっぱい残っているのです。

祈り

 

—そのようなラダックから日本へ移住したきっかけは?

 

結婚がきっかけでした。日本に行くまでは、セーブ・ザ・チルドレンなどNPO、NGOの活動をずっとしていたのですが、その後、学生として教育をうけようとハワイで数年過ごしたんです。この数年のみが、社会的な活動をなにもしていなかった期間でした。ハワイはスローだし、お天気がいいし、人が優しくて焦っていないから、僕にとっては心地よいですね。本当はハワイでも活動をしたかったけど、お金がなくて、なにもできなかったので、この時期だけ仕事をしていませんでした。  

そして、日本に帰って、「ジュレー・ラダック」(http://julayladakh.org)をスタートすることになったんです。設立にあたって僕の日本人の友人達が一生懸命サポートしてくれて、そのおかげで今もこうして活動できているんです。

 

—ラダック地方を紹介するジュレー・ラダックをはじめた きっかけや、その目的はなんですか?

 

日本に行って、多くの日本人と出会いましたが、日本は大企業が多く、みんながせわしなく一生懸命働いている国だと感じました。でも、あまり満足感がないように感じたんです。  

日本といっても、特に大都市や東京ですが、実は日本にいくまで、こんなに自殺とか引きこもりが多いことや、心の悩みをもっている人達がいるなんて知らなかったので、なにかできないかと思いました。  

そこで、僕が生まれ育ったラダックと日本の関係を結ぶ交流機関をつくることによって、スローライフ体験やホームステイ体験などができるようにして、違う生き方を見せてあげるオプションを提供したかったんです。モダンな生活が悪いわけではありませんし、なかには、金銭的に裕福で成功し富を得ることが幸せだと思っている人もいます。それはその人の価値観ですから、僕はそれを変えようとは一切考えていません。絶対に、価値観を押し付けたくはないのです。それはやっちゃいけないことです。ただ、こういう生き方もあるんだよ、と違う世界もみせてあげたいと思ったんです。生きるということの原点に戻り、なにかを感じとってもらいたかったので。

水汲みの途中で

 

—今までに参加した人達はどんなことを学ばれたのでしょう?

 

参加者は、一般の会社員から、大変忙しい生活をしていて疲れ果てている方など様々。農業を学びたいとか、スローライフを体験したいとか、伝統的な文化に触れたいとか、大学ゼミの参考になるからと大学教授等の参加も多くあります。その他、社会開発又は未来環境の研究のヒントになるからと社会活動家も参加したり、とにかく参加の理由は色々ですね。この世の中は何かがおかしいと感じていて、ちょっと違った生き方をしてみたい、あるいは社会を変えたいという思いの強い方などを始め、心になにかを抱えている方、または、単純に別世界を見たかったっていう人など、今まで色んな方がいました。でも、どの人も、ラダックで、1週間ないし、数カ月暮らすと、なにかしら影響があるようです。人間らしさを取り戻すというのでしょうかね。  

今までにも、プログラムが終わったあとに、「とても助かりました、ありがとう」と言われたこともありましたし、鬱など心の病気がラクになったという人も多かったです。また、大企業で働いていたのに、ぱたっと辞めて田舎に引っ越して農業を営むことにして、今では自給自足生活をしていて幸せだ、なんて方もいるんですよ。そういう話を聞くと、ああ、やってて良かったと思いますね。別に僕がなにをしたわけじゃなくて、ただプログラムを作っただけで、変わろうと思ったのはご本人なのですけど、それでも嬉しく思います。

 

“人間は自然のなかで もともと暮らしてきたのだから、 人工的なモノに囲まれていると壊れるのは当然”

 

—日本の人達の抱えるストレスについて、 その原因はなんだと感じますか?

 

日本といっても特に東京。東京はやっぱり特別ですよね。人工的に作られたものに囲まれていて、みんながロボットのように動いている。人間はもともと自然のなかで暮らしてきたのですから、人工的に作られたものばかりに囲まれていると、健康を損なったり、心が壊れたりするのは当然のことだと思うんです。  

都会には人間関係でストレスを抱えている人達も多いけれど、それは誰が悪いというわけではなく、環境が原因だと思うのです。環境がそういう人間をつくってしまう、環境が人を変えてしまうんだと僕は思うのです。人間は自然からエネルギーをもらって生きてきたのですから、人は自然とつながっていないとバランスを崩すんです。  

 

ジュレー・ラダックのプログラムに参加すると、農村の生活、または生き方からいろんなことを学びます。農村では、循環型で環境に優しくて、しかも自給持続的な生活が可能です。それはどうやって成り立っていて、どうやって今まで続いてきたのか自分の目で確かめることができます。そして、みんな、このプログラムに参加することによって、物が無くても、人間は心が豊かであることに気づくのです。  

このプログラムに参加したことをきっかけに、社会貢献ができる人間になろうと新たな目標をもったり、新しい生き方を目指す人は多いです。今の生き方を変えようって、大切な一歩をふみ出すことができるんです。最近、スローライフを実践する人が日本でも増えてきていて、都会を離れた地方で、まるでラダックのような生活をしている方もいるので、徐々に変化してきているような気もしますね。

 

—逆に、ラダックの人達が抱える問題は?

 

ラダックの人達は、今、いちばん悩んでいる時期だと思います。まずは教育ですね。教育を受けるために、ラダックから出てしまうと人口が減って、ラダックにとって大切な農作業を手伝える人が誰もいなくなってしまう。そうすると動物も減る。伝統的な生活を守りたい反面、モダンな生活を好むラダック人も増えつつあって、そのバランスがうまくとれなくなってきているんです。  

また、ラダックを変えようと動く人達はインドの大企業に勤める人達で、ラダックの文化、経済、伝統などをよく知らない人達も多く、コミュニティを無視した一方的な判断を下して、ラダックの生活は保存されず破壊されてしまいます。開発をするときに、コミュニティと共に考えていくということは非常に大切なことなのに、勝手に決められるのが非常に残念です。コミュニティも巻き込んで一緒に考えていれば、住民達も責任をもって意見交換ができるのに。  

 

そのほか、若い人達が、教育を受けに学校へいったとしても、そこではラダック語ではなくインド語で教育を受け、インド式の経済を学んでくるので、ラダックに帰って来ても働くところがないんですよ。ラダック人は、本来は政府の仕事をしたいと思っている人が多いけれど、インド本土にいくと大企業にスカウトされ、結果そのまま戻ってこない。そのためにも、もっとラダックをきちんと紹介していかねばと思うんです。

ちびっ子尼僧

 

—ラダックには、ダライ・ラマ法王も毎年、訪れるそうですが、 スカルマさんは直接お会いする機会があったそうですね?

 

はい。僕の知り合いが、ダライ・ラマのお寺でお坊さんをしているのですが、日本からスタディグループを連れていくときに、どうにか会えないかと相談したら、「そうか、しょうがないな」とオッケーしてくれたんです。  

僕にとっては小さな頃から、家中にダライ・ラマ法王の写真が飾ってあり、生活の一部であり、キリスト教でいう神のような存在でしたからね。お会いしたときは、自動的に両手をあわせて拝んでしまいました。いつもニコニコしていてどんな人でもハッピーにさせてくれる方ですね。ひとつの宗教、国を超えて世界の人達の幸せを考えている。そして絶対に悪口を言わない。チベットは中国のことを悪くいう人が多いけれど、ダライ・ラマ法王は絶対に悪く言わないですね。敵のことを悪く言わないのは、相当の訓練がないとできないことですよね。生きている人達はすべて平等と考えているんです。  

ダライ・ラマ法王に直接お会いして話す機会なんて普通ありませんですから、本当に光栄なことでした。

 

—スカルマさんにとって、人助けとは永遠のテーマのような気がしますが、それはスカルマさんがあえて選んだわけではなく、ラダック人のDNAというか、当たり前のようなことなんでしょうね?

 

はい、まさにそうですね。いつも自分以外の人をどうやったら助けられるのか考えているのは、ラダックで生まれ育ったことが大きく影響していると思います。でも、それはしっかりとした「ギブ&テイク」な関係なんです。与え続けていると空っぽになってしまう。  

でも、ラダックの場合、誰かがなにかをしてくれたら、自分もなにかをしてあげるのが当たり前ですから、「人助け」というよりは「助け合い」なんです。それが本来の人間の姿のような気がします。

駆け引きが多い大都会では、助けてあげても、自分が助けが必要なときに誰も助けてくれないこともあります。じゃあもう助けない!と意固地になってしまい、結果、人と関わるのが怖くなって表面的な付き合いになってしまう。なんだか残念ですよね。電車にのっていて誰かが倒れたり、転んだりしても、けっこうみんな無視しているでしょう?僕はビックリしましたよ。  

電車も最初日本に移住したときはかっこいいと思っていたけれど、乗っているうちに疑問に思うことが多くなってしまって。だって、あれだけ人が多いのに、誰もお互いに感心を持たずに、ただスマホを眺めて乗っているだけ。だから最近は自転車通勤です(笑)。そういう大都会の人達に僕がいきなり生き方について語りだしても、なかなか理解してくれないことも多いですよ。「最初はスカルマさんのこと信じてなかったです」って言われたこともありますから。ですから、無理矢理なにかを人に押し付ける気持ちは一切ないんです。こういう生き方もあるということを、ひとりでも多くの人達に伝えていきたいと思うのです。

ソーラークッカー

 

—今後の活動予定は?

 

サステイナブル=持続可能な世界をつくっていく為に、どうすればよいのか?と考えていまして、ラダックにもソーラークッカーという器具を持ち込んだりしています。燃料を探す必要なく、こういった太陽エネルギーを使って簡単に調理ができるソーラークッカーの普及支援や、環境教育などは続けていきたいと思っています。  

また、ラダックは、伝統的な生活と現代的な生活のバランスが失われつつあり大変悩んでいます。農業を営む人が減って動物が減り、生活がかわることに不安になっています。ですからこんな時こそ、経済的にこれだけ早く上り詰めた日本に暮らしている人達の心の悩みを、直接彼らから感じ取ることによって、ラダックでの生活を見つめ直してほしいと思うんです。僕が言葉で言うよりも、やはり直接、その人達と交流して吸収しないと、こういうことはわからないんですよね。ラダック、そして日本でも、こういったオルタナティブな教育をしていくことはとても大事だと感じています。

 

 

今回ハワイで講演会をする機会に恵まれましたが、ハワイへ来るにあたり、ホノルルファンデーションの方達などに多大なサポートをして頂きました。  

今回ハワイでお会いした方達が、是非ラダックに行きたいとか、ハワイとラダックのツアーも是非検討しましょう!と言ってくださったりして、大変嬉しく思っています。よりより未来作りのために、日本、ラダック、ハワイ間で、より楽しくやっていきたいと思っていますので、ハワイの皆様、また他の国々の方々も、ご参加いただければと願っています!  

ハワイで興味をもってくださった方は、ホノルルファンデーション、もしくはジュレーラダックにぜひご連絡をいただければと思います。ラダックでホームステイをすることによって、自分を取り戻すきっかけを掴んでほしい。こうして今後も、僕の生まれ育ったラダックと日本、そしてハワイを含め、絆を強くして、より多くの世界の人々がバランスのとれた人生を送れるといいなと願っています。

 

インタビュアー:内田さちこ(日刊サン 2014.11.22)