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「楽園」と「真珠湾の記憶」のはざま 知られざる日米同盟の現場がハワイに

-同盟の鍵は、人との繋がりが握っている

年間150万人の日本人観光客が訪れる太平洋の島ハワイ。だが一方には真珠湾の記憶としてのハワイが厳然として目の前に横たわっている。1941年12月7日(ハワイ時間)の真珠湾攻撃から、常夏の楽園へと移り変わった75年間の歳月。この過ぎ去った膨大な時間の中で、ハワイと日本、アメリカと日本は互いに何を紡ぎ、何を生み出してきたのか。  

 目に見えないところで着実に強化されてきた日米同盟。その中枢を担い、ハワイに司令部をおく太平洋軍。勤めていた会社を休職し、国防総省の組織に入って2年間ハワイで研究に没頭した梶原みずほさんは、日本に厳しい注文をつけるトランプ政権でも日米同盟はさらに深化するとみている。「ハワイは世界戦略を担っている重要な拠点であり、かつ日米同盟の現場である。日本の未来を考えるヒントがここにある」と。

 

日本同盟の礎は 米軍最大規模の太平洋軍にある

 米軍は地球を中東やヨーロッパなどのエリアごとに分けてそれぞれを地域軍が担当しています。その中で地球全体の表面積の半分を担当している最大の地域軍はオアフ島に司令部をおくパシフィック・コマンド(Pacific Command)、通称、ペイコムと呼ばれる太平洋軍です。  

 太平洋軍は、インド洋からアジア太平洋までにわたる約40カ国をみており、そのなかには日本と中国という経済大国のみならず、パラオやツバル、キリバスといったGDPが最下位レベルの国々まで含み、また最大の民主主義国家といわれるインド、最大のイスラム国家インドネシアのほか、マラッカ海峡や南シナ海など世界で最も利用されているシーレーンがいくつも入っています。こうした非常に多様性に富んだ国々の情報が、ここハワイに集められ、分析され、アメリカ全体の軍事・外交政策へと反映されていっています。また、管轄エリア外でも、中東での戦争や、『テロとの戦い』において多くの兵力を投入してきたのも太平洋軍です。つまり、ここ、太平洋軍の司令部があるハワイは世界の中にあって非常に重要な役割を担っているわけです。

 

 日米同盟関係においても、ホワイトハウス(大統領府)やペンタゴン(国防総省)のあるワシントンだけでなく、太平洋軍そのものが中枢を握っているという極めて重要な事実があります。とくにオバマ政権が『アジア太平洋へのリバランス』政策を打ち出してからはその傾向がますます強まりました。ワシントンでは全世界を見渡さなければいけません。いまのアメリカの関心の中心が何かといえば、アフガニスタンやシリアなど現実にいま紛争が起きている中東、そして緊張が続いている大国ロシアとの関係です。そこに人、モノ、カネを集中せざるを得ない。そのような背景もあって、アジア太平洋に関しては地理的にもアジアに近く、また歴史的にも真珠湾攻撃前からアジアをみてきた太平洋軍が非常に大切な役割を担っているのです。アメリカではコマンダー・イン・チーフ (Commander in Chief) は大統領ですが、アジア太平洋において指揮命令系統でいうと、現在のハリー・ハリス太平洋軍司令官は(※①)オバマ大統領、カーター国防長官に次ぐ、ナンバー3にあたります。国務省などのスタッフたちも日々、司令官を支えており、『アジア太平洋はハワイの太平洋軍に任せろ』という役割と責任、自負があり、この場所で綿密な外交・軍事戦略が練り上げられ、ワシントンの意思決定に大きく影響していくという事実があるのです。ちなみに在日米軍は太平洋軍の下部組織にすぎず、運用や自衛隊との調整などにはあたりますが、有事の際に在日米軍司令官に作戦指揮権はありません。

 

信頼の裏付けなしに 「同盟」関係などあり得ない

 わたしが一番関心あるのは、これからの日本の子どもたち世代が日本で幸せに暮らしていくために、優先して考える国益は何なのか、そしてその国益をどのように守ったらいいかということです。在日米軍の駐留経費の負担増を求めるトランプ政権との関係は不透明な部分がかなりありますが、少なくとも、自分たちの防衛力を改めて考えるきっかけになっています。日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなっているいま、日本自身がより実効性が高い防衛力をもち、自衛隊が柔軟性のある運用や即応力、機動力を高める努力を続けるのは当然のことだと思います。それに加えて、日本には日米同盟という安全保障の基軸がある。長い時間とコストをかけて築いてきた日米同盟を維持し、うまく機能させ、最大限に利用することは、現実的で最善の選択肢であり、また最も有効なのではないでしょうか。これから日米同盟をどう強化、深化させていくのか、そのために太平洋軍と自衛隊がどういうことをしているのか、我々はもっときちんと目を向けないといけないかもしれませんね。アメリカにとっても日本は最も重要な同盟国のひとつで必要不可欠な存在であることは、私自身が国防総省に身をおいてアメリカ側からみて確信したことです。  

 その関係を築いてきたのは自衛隊のなかでも海上自衛隊です。戦後の焼け野原からスタートした日本では1954年に自衛隊が発足し、当初はアメリカと親子のような関係でしたが、自衛隊は次第に成長していきます。昨年6月から8月にかけてアメリカ海軍が主催してハワイ沖で環太平洋合同演習(リムパックRIMPAC)が行われましたが、海自が初めてこの演習に招かれたのが1980年のこと。ここがひとつの転機になりました。カナダやオーストラリアと太平洋軍との関係とまではいきませんが、いまでは『あうんの呼吸』でわかりあえる親密さになってきているのです。現在は陸自、海自、空自から約10人の自衛官と防衛省内局職員出身の領事がハワイで奮闘しています。もちろん、東京でも在日米軍でもワシントンでも米軍とのチャンネルはいくつもありますが、太平洋軍とさまざまな情報の交換と共有、共同訓練などの調整業務に従事して日米同盟の『現場』を支えているのは彼らの存在です。

 

二国間から多国間の安全保障の枠組みへ

 今まではアメリカは、同盟国やパートナー国とハブ・アンド・スポークの関係を築いていました。アメリカと日本、アメリカとオーストラリア、アメリカと韓国、というふうに車輪の中心にハブ(拠点)となる太平洋軍があり、そこから各国と二国間の関係がつくられていました。ですが、最近では日米豪、あるいは日米韓の3カ国や、ASEAN(東南アジア諸国連合)のような既存の地域の枠組みを戦略的に使おうとする傾向が強まっています。この傾向を、国防総省の同僚たちはスパイダー・ウェブ(くもの巣)だとか、ファブリック(布地や生地)といった言い方をしていましたが、まさに糸と糸を紡ぐように、太平洋軍がリードしながらアジア太平洋のネットワーク化を進めているのです。これは国際テロや大量破壊兵器の拡散といった脅威や、宇宙やサイバー空間など新たな安全保障上の領域ができ、グローバルかつ複雑な課題や不安定要因に、もはやアメリカ一国では対応できないという側面と、もうひとつ、アメリカの国防予算を削減せざるをえないという懐事情もあります。  

 日本を考える場合もこのアメリカの戦略の傾向は重要です。とくに最近では南シナ海の事例をみてもわかるように、日本のエネルギーの生命線であるシーレーンが騒々しくなっています。日本の防衛戦略において、アメリカ一辺倒ではなく、ベトナム、インドネシア、フィリピン、シンガポール、マレーシア、さらにはインドなど具体的な防衛協力や交流、訓練の枠組みを何層にも組み合わせてネットワーク化することが大事なのです。  

 日本は6800以上の島からなる島国であり、国土面積は世界61位と広くはないのですが、領海と排他的経済水域(EEZ)をあわせると世界6位で、日本の国土の10倍以上。海の恵みを受け、守られてきた海洋国家です。しかし、海を隔ててすぐそこには核兵器の小型化を進め、ミサイルの射程距離を伸ばしている北朝鮮があり、海洋において軍事力を拡大しようとする中国があり、我々を取り巻く海は非常に不透明になってきています。  

 この中で太平洋軍率いるリーダーたちと信頼関係をしっかりと構築するとともに、アジア各国との関係を積極的に、また戦略的に築くことが、日本の国益につながります。日本では安保法(平和安全法制)が施行されましたし、自衛隊の役割がさらに広がっていくでしょうから、運用面であったり、防衛装備であったり、人材育成であったり、課題は山積していますが、日本の国益や価値観を完全一致とまではいわずとも、アメリカとなるべく近いものにしておくことが“同盟力”を左右すると思います。

 

中国2049年問題にどう対処するのか 国家にとっての安定政権の重要さ

 アメリカ政府で対中政策に深く関わってきたマイケル・ピルスベリー氏の著書 『China 2049』(原題 The Hundred-Year Marathon)が話題になりました。中華人民共和国の100周年にあたる2049年までに世界のリーダーの地位を米国から奪取することが中国の国家戦略であるといわれています。この100年マラソン計画の中身はなんともわかりませんが、中国の脅威に対する不安は、私が親しくしている母親たちの集まりでも、最近はひんぱんに話題にあがります。もし中国が侵略してきたらどうしよう、などと本気で心配し始めている。侵略が極端な例だとしても、お母さんたちは、30年後も50年後も、自分たちの子供が日本人で良かったね、と言える国を作らなければならないと真剣に思っている。  

 アメリカに住んでとくに感じたのは長期安定政権であることの大切さです。首相が1年ごとに変わることによる私たちの損失は計り知れない。1年後どうなるか予測不能な国は、同盟国のみならず、友好国からも真剣に付き合えってもらえません。しっかりと自分たちが置かれている状況を判断して政治家選ぶ、政権を選ぶことが日々の我々の暮らしだけでなく、安全保障上も大きく左右します。昨年末の安倍首相のハワイ訪問も、安定政権ゆえ実現しました。

 

 

ハワイが国際政治の 舞台であることを知って欲しい

 日本から年間150万人も観光客がハワイにきます。パールハーバーはアメリカ人観光客には最も人気のあるスポットですが、息子もそろそろわかる年齢かなと思って、戦艦ミズーリとアリゾナ記念館の観光ツアーに参加してみました。10年以上前にも行きましたが、その当時とは展示や説明が随分変わっていることに驚きました。むかしは卑怯なだまし討ちという点が強調されていて、いたたまれない気持ちになったのですが、今回訪ねると、日米双方の国益がぶつかり、アメリカが資源輸出の停止をした結果、追い込まれた日本がやむをえず奇襲攻撃を行ったという、より中立的で、リスペクトすら感じられる見せ方になっていました。日米開戦のハワイでも実は歴史の解釈はこんなふうに変化しているんですね。日本人観光客の訪問が最近増えてきているとガイドさんに聞きましたので、過去の戦争の記憶だけでなく、いまも、軍事拠点としていかに重要で、日本の安全保障上のカギを握っているということを感じながら訪ねてもらいたいですね。  

 ハワイ=リゾート、遊びというイメージが強く、そのせいで、政府やビジネス、あるいはアカデミックの関係者もハワイに出張するのをためらってしまう。何か後ろめたい気持ちを持ったまま来て、だから遊んでいないよという姿を見せるために、1泊とか2泊ですぐに帰る人も少なくない。でも韓国やオーストラリアなどの政府関係の人に聞いたら、『ハワイはリバランス政策の中心地で、自分の国にとって最も大事な場所なので堂々と出張に来て当たり前』なんていわれます。ワシントンにも勝るとも劣らず国際政治の舞台であり、インテリジェンス(諜報・情報)の拠点でもあります。たとえば、オアフ島にはNSA(国家安全保障局=米政府のインテリジェンス機関)のセンターがあり、3千人近くが働いていますが、アメリカのトップシークレット文書を大量に暴露したスノーデンもここで契約社員として働いていました。

 

政治家も学者も、 もっとハワイの発信を

 日本からは私と同じように安全保障をテーマに研究する人は同じ時期に数人しかいませんでした。ハワイには1960年に米議会によって創設され、オバマ大統領の母が所属していた東西センターがハワイ大学のキャンパス内にありますし、ワシントンDCに本部をおく戦略国際問題研究所のアジア太平洋部門「パシフィックフォーラムCSIS」というシンクタンクもあります。ハワイはアカデミックな都市です。私の場合は、国務省のプログラムであるフルブライト奨学生に選ばれたのを機に、ハワイ大学日本研究センターの客員研究員として受け入れてもらいました。夫は東京の仕事を離れられず、一緒に連れてきた息子はアラワイ小学校とレインボー学園にお世話になりました。長い手続きや審査を経て、国防省のダニエル・K・イノウエ・アジア太平洋安全保障センターの初の客員研究員になる機会に恵まれました。このセンターはワイキキにあり、国防総省傘下の5つのセンターのうちのひとつで、名前からもわかるように、ハワイ出身上院議員の故・ダニエル・イノウエ氏が設立に尽力しました。国防総省の軍人と文民の研究者や実務者が多数在籍しており、米軍とアジア各国の軍事・外交担当者との研修や会議、ワークショップのほか、様々な国防総省の政策に関わる実務を通してアジア太平洋へのリバランス政策を体現している機関です。ワシントンに多くの学者や報道、ビジネスマン、政治家が日本から訪れるのに比べると、ハワイはまだまだですが、日米同盟を正しく認識するなら、安全保障にかかわる様々な分野の日本人にぜひハワイに足を運んでほしいと思います。

 

太平洋軍のリーダーたちが背中を押した 米軍を内側から描く難しさ

 センターに入るだけでも渡米前を含めて一年近くかかりましたが、その後の一年間、太平洋軍のハリス司令官、太平洋艦隊のスイフト司令官らリーダーや幹部たちと何度も意見交換の場をもちました。だんだん私のなかで、これからの日本にとって太平洋軍という組織をきちんと理解しておくことが重要になってくるのではないか、だれかがきちんとまとめておく必要があるのではないかという気持ちが湧いてきました。というのも、日本語はもとより、英語でも太平洋軍について書かれた本はほとんどありません。海軍の中の太平洋軍という部分的な描写はあっても、組織を真正面から「解剖」したものはないのです。  

 とはいえ、太平洋軍は38万人を抱える巨大組織。しかも私は、センターに所属したとはいえ正規の国防総省職員でなく客員の立場ですし、彼らからすると外国人です。また日本政府関係者でなく、民間人。そのうえ、ときに権力と対峙することもあるジャーナリズムの世界に20年数年、身をおいています。そんな私がそもそも軍内部に入れてもらうことだけでも異例のことなのに、内部から軍について書くというのはありえないことです。ところが話し合いを重ねるうちに背中を押され、ハリス、スイフト両司令官を含む上層部たちが快諾したため、国防総省に申請をして半年以上待ち、結果的に正式に軍中枢部へアクセスするためのクリアランスを得たのです。もちろん、私個人だけを評価し、信頼してもらったのではなく、そこには太平洋軍と日本との日ごろの関係が間接的に働いたのでしょう。これからの日米同盟のあり方、日本の今後の戦略や太平洋軍との付き合い方などを考える上で参考になる材料になればとの思いで執筆を続けています。

 私がハワイいた2年間は、日本の事情をよく理解していて、高い見識と強い信念、明確なビジョンをもち、使命感と指導力を兼ね備え、器の大きい太平洋軍のリーダーに恵まれました。歴史をひもとくと、必ずしもそういうわけではない。日本との関わりが浅く、十分に理解していないトップがつけば日米関係は空洞化していきます。

 新しい政権の方針や国際情勢も影響しますが、いざという局面で問われるのは結局、人と人の関係です。お互い顔がみえているか、お互い相手のことを理解しているか、そこに日米同盟の本質があり、ハワイはそれを醸成するところでもあるんですね。

 

座右の銘

Kites rise highest against the wind – not with it.

凧が一番高く上がるのは、 風に向かっている時である。 風に流されている時ではない。

ウィンストン・チャーチル(英国の名宰相)

 

【梶原みずほ】朝日新聞記者。神戸支局、金沢支局、大阪社会部を経て、政治部で首相官邸、自民党、外務省などを担当した。2011年、安倍ジャーナリストフェロー(故・安倍晋太郎外相提唱の構想に基づき、国際交流基金日米センターと米国社会科学研究評議会が共催するプログラム)としてワシントンなどに2カ月研究滞在。同年、ロンドン大学キングスカレッジ社会科学公共政策学部客員研究員。2014年、フルブライトフェロー(日米両政府からの拠出金により運営される日米教育委員会のプログラム)に選ばれ、朝日新聞を休職して2年間、ハワイ大学日本研究センター客員研究員。2015年1月~2016年8月までハワイにある国防総省ダニエル・K・イノウエ・アジア太平洋安全保障研究センターの客員研究員。海洋安全保障をテーマに研究し、昨年10月に日本に帰国。現在、世界における日本のあり方を考える朝日新聞「GLOBE」記者、一般社団法人日本オマーン協会理事、笹川平和財団の日米豪印による「インド洋地域の安全保障」政策提言プロジェクトメンバー。今年、講談社から「世界戦略の司令塔・ハワイ」(仮題)を出版する予定。イギリスの立教英国学院、カタールのドーハカレッジを経て、エジプトのカイロアメリカン大学政治学部卒業。