私たちの食生活に欠かせない米は、小麦、トウモロコシと共にに世界3大穀物に数えられています。日本で稲作が始まったのは縄文時代後期のことでした。以来、約3,000年をかけて脈々と受け継がれてきた日本の稲作ですが、現代でも、より美味しい米を作るための品種改良や稲作技術の開発などにいとまがありません。世界中で日本人ほど米に思い入れのある民族はないと言われていますが、その背景にはどんな歴史や文化があるのでしょうか? 今回のエキストラ特集では、日本の米の歴史や文化を紐解きながら、米に関するあれこれをご紹介しましょう。
米の日本史
稲作の始まりは約3,000年前
稲の原産地は中国中南部。中国北部、南アジア、日本の順で伝わったといわれています。日本での稲作は、約3,000年前の縄文時代後期から行われていました。福岡県の板付遺跡や佐賀県の菜畑遺跡などの縄文遺跡からは、炭化した米や、土器に付いた籾(もみ)、水田の跡、用水路、石製の包丁や石斧、田下駄などの農具、水流をせき止めて水量調整をする柵(しがらみ)などが見つかっています。 縄文時代後期の水田は整備された水稲耕作で、その頃には大陸の稲作民族がその技術を携えて北九州地方に渡来していたことが伺えます。稲作技術が伝わる以前は、麦、キビ(キビ)、粟(アワ)、稗(ヒエ)などの雑穀と稲が混作されていたと考えられています。
弥生時代、日本列島各地に広まる
水田稲作技術は、弥生時代に入ると休息に日本列島へ伝播し始めます。弥生時代の水田跡で最も有名なのが静岡県の登呂遺跡で、木製の柄のついた鍬や鋤などが見つかっています。先述の佐賀県の菜畑遺跡では、弥生時代前期の層から、大型の水路や堰(せき)、排水口、木の杭、板で作られた畦道などの水田遺構物が出土しています。この時代、米1粒当たりから生産できる量は約400粒でした(ちなみに麦は1粒当たり約160粒)。現在は、品種改良や稲作技術の進歩などにより1粒当たり約2,000粒の生産量があります。 米は、麦などの他の穀物に比べて栄養価が高く、ほぼ完全食。しかも大量に収穫できるため、日本の人口増加の原動力になりました。
弥生時代の稲作の想像模型(国立科学博物館)
米の脱穀を専門とする「舂米部」
米を食用にするには、稲穂の種から種皮などの糠を取り除く脱穀作業が必要です。飛鳥時代以降の朝廷では、米の脱穀が専門の職業部「舂米部(つきしねべ)」が置かれていました。この時代の脱穀は、頑丈な臼に玄米を入れ、上から杵(きね)で叩くというもの。この作業は「搗(つ)く」「舂(つ)く」、白米にすることを「毇(しら)ぐ」「研ぐ」と呼ばれ、得られた精米は「舂米(つきしね・しょうまい)」といわれました。精米後の臼に残った糠や米粉、割れた米、小さい米は、水や他の食材と合わせて餅などに調理されていたようです。
弥生時代の食事。赤米が食されていた。(出典:『kokusan徒然日記』 http://kokusanlife.blogspot.com)
政治経済の中心にあった米
米は食料として重要である一方、長期保存ができるという特徴があるため、日本では経済的に特異な立ち位置にある穀物でした。江戸時代には年貢として治められたほか、地域の領主や家の勢力を示す指標「石高制」にも使われました。貨幣経済が発達した後は、旗本や御家人の俸禄である蔵米の換金手続きを行う札差(ふださし)業が発達したり、米の保管証明書である米切手が発行されるなど、江戸時代の米は常に政治経済の中心にありました。 このような歴史的背景からも、日本人が持つ米への思い入れの深さが伺えます。
富嶽三十六景より『江戸日本橋』(葛飾北斎・1823年)。江戸時代の蔵と米の仲買人が描かれている。
神道との関わり
新嘗祭(にいなめさい)
新嘗祭は、11月23日、天皇がその年に収穫された五穀を天神地祇(てんじんちぎ)に供え、自らもこれを食べて収穫に感謝する宮中祭祀の1つです。天皇の即位の礼の後、初めて行われる新嘗祭は大嘗祭(だいじょうさい)と呼ばれます。日本神話の神の1柱、邇邇芸命(ニニギノミコト)が高天原から国土に降り立った際、天照大神から三大神勅を授かりましたが、その1つに「斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅」がありました。『日本書紀』には「吾が高天原にきこしめす斎庭の稲穂を以て、また吾が児にまかせまつるべし」と記されています。新嘗祭の起源はこの稲穂を神様に捧げて収穫に感謝するという行事で、一説には弥生時代にまでさかのぼると言われています。
神撰の糈(くましね)
神道の祭で神様に供する飲食物を「神饌」と言います。神饌には、新鮮で清らかな海、川、山、野の産物を奉じます。その中でも重要な五穀(稲・麦・粟・稗・豆)の中心になるのは米。舂米を神前に捧げるため洗い清めた米は糈といいます。五穀はおよそ下記のような形で1番始めに献じられ、2番めに酒類、3番めに餅類の順で献じられます。
◆稲=和稲、荒稲、頴(かい:穂先のこと)、 懸税(かけじから:稲の初穂)など
◆米=白米、玄米、糯米、洗米、染米など
◆飯=白飯、赤飯、強飯、小豆飯、粟飯など
◆粥=米の粥、小豆粥、七種粥、粟粥、 稗粥など
鏡餅は一般の食べ物として浸透した神饌のひとつ
日本の主な米料理
おにぎり(おむすび)
炊いた米を握って塊にしたもの。米を食べる文化圏のうち、日本だけにある食べ方と言われています。「おにぎり」は本来は手で握ったものを指す言葉で、西日本での主な呼び名でもあります。笹の葉などでくるみ紐で結んだものは「おむすび」と呼ばれていました。東日本ではおむすびと呼ぶことが多いようです。おにぎりは、少なくとも約2,000年前から食べられていました。石川県の杉谷チャノバタケ遺跡の竪穴式住居跡からは、日本最古の炭化したおにぎりが発掘されています。
現代のおにぎりの直接の起源は、平安時代の屯食(とんじき)と言われています。屯食とは玄米を卵形に握り固めたもので、平安時代、宮中や貴族の家で催し物があった際、屋敷で働く人々に「ご苦労様」という意味をこめて配られていました。以降、おにぎりは簡単で便利な食べ物として戦国時代の携帯食や農作業の弁当などとして用いられるように。この頃のおにぎりは表面に塩を付けたシンプルなものでした。おにぎりに海苔が巻かれるようになったのは、板海苔が登場した江戸時代中期のことでした。
強飯(おこわ)
蒸した米のことで、「こわいい」とも読まれます。蒸した米が炊いた米よりも硬いため、「硬い」の古語「こわい」から「おこわ」と名付けられました。
赤飯
もち米にアズキやササゲを混ぜて蒸したおこわ。おこわ同様、白飯と比較してカロリーが1.5倍ほど高くなるものの、銅とたんぱく質は白飯の約2倍。亜鉛などの栄養素も含まれています。また、もち米はでんぷんの一種であるアミロースが少ないので腹持ちがよいと言われています。
粥(かゆ)
炊飯よりも多めの水で、米を煮たものがお粥です。水の量による呼び方もあり、米1に対して水5〜6が全粥、米1に対して水15〜20が三分粥、ほかに七分粥や五分粥などがあります。
重湯
お粥から米粒を除いた糊状の水。主に離乳食や病人食として食されています。
栽培米の種類と特徴
米が属するイネ科イネ属には22種類の植物があり、そのうち20種が野生種、残り2種が栽培種です。栽培種は「アジアイネ」と「アフリカイネ」に分けられ、日本のイネはアジアイネに属します。 アジアイネには日本型の「ジャポニカ種」とインド型の「インディアカ種」の2つの系統に加え、両者が交雑した中間品種であるジャワ型米「ジャバニカ種」があります。
さまざまな米。日本では円形のジャポニカ種が主流
ジャポニカ種(日本型)
粒は円形で、加熱すると粘りがよく出ます。日本で生産されている米は、ほぼ全てジャポニカ種。他の種に比べて耐寒性に優れています。
インディカ種(インド型)
粒は長く、加熱してもあまり粘りが出ません。世界的に見るとジャポニカ種よりも生産量が多くなっています。
ジャバニカ種(ジャワ型)
長さも幅もある大粒で、インディカ米同様、加熱してもあまり粘りが出ません。主に東南アジアの島嶼部で生産されるほか、ブラジル、イタリアなどでも生産されています。
米の精製
収穫直後の稲の実は厚い外皮に覆われており、食用の米にするには脱穀などの精製が必要です。小さい実1粒ずつを精製しなければならないため、古代から効率よく精製をするための技術開発が行われてきました。ここでは、精製の過程と種類をご紹介しましょう。
稲の実の構造 (1) 籾殻 (2) 糠 (3) 残留糠 (4) 胚芽 (5) 胚乳
①脱穀(だっこく) 稲穂の茎から実を外し、厚い外皮の籾殻を除く作業です。現代の日本では、自脱型コンバインで稲刈りと同時に行われます。昔は、バインダーという刈取り専用の農業機械で刈った後、脱穀機で脱穀されていました。この時点で出来上がるのが玄米です。
②風選(ふうせん) 脱穀した後の玄米、籾殻、稲藁などの中から玄米だけを選別します。
③選別(せんべつ) 玄米をふるいにかけ、標準以下の大きさの玄米を除きます。
④乾燥 保存性を高めるため、玄米を乾燥させます。銘柄などが表示できる「証明米」は、この過程での水分率の上限が定められています。
⑤貯蔵 玄米を貯蔵します。鹿児島県や宮崎県などでは籾の状態で貯蔵します。
⑥精白(せいはく) 玄米の表面を覆う糠層と胚芽を削り取って白米にする作業で、精米、搗精(とうせい)とも呼ばれます。包装に表示される「精米年月日」には、精白された日が記されます。
⑦精選(せいせん) 精白後の米からさらに選別を行う作業です。
加工方法による米の種類
玄米
全粒穀物の1つで、籾殻を取り除いた稲の実。果皮などの糠と胚芽が付いています。発芽に必要なビタミン類や脂肪などの栄養素が含まれており、特に胚芽部分はビタミンB1が豊富です。92%の胚乳、5%の果皮、3%の胚芽から構成されています。
脱穀後の玄米。ビタミンB1が豊富に含まれる
発芽玄米
スプラウトの一種で、わずかに発芽させた玄米のこと。玄米に比べて栄養価が高く、消化や風味もよいとされています。ほかの加工米よりも加工にコストがかかるため、比較的高価な米です。発芽を休ませた状態で販売されているものもあります。
分搗き米
玄米から、糠を一定の割合で除いた米のことです。除いた割合によって3分搗き米、5分搗き米、7分搗き米に分けられます。栄養価の高さは玄米と胚芽米の中間で、糠層の量によって異なります。
胚芽米
玄米から糠を除き、胚芽の8割以上が残るよう精白した米。白米と同じように精白されています。胚芽を80%以上を残したものとされており、一般に白米より高価です。
白米
玄米を精白し、糠と胚芽を取り除いた米。精白米、精米とも言います。日本で最も食べられていますが、胚乳のみのため栄養バランスがあまりよくないとされています。色々な料理に合わせやすいのが特長です。
無洗米
白米の表面に付いた糠の粉を除くことで、洗米の必要をなくした米。
早炊き米
早く炊飯できるように加工された米。予め熱してデンプンを糊化させるのに加え、水の浸透が容易になるよう米粒の表面に亀裂が入っています。
出典:全国有機農法連絡会 http://zenyuren.shop14.makeshop.jp/html/page6.html
米の加工品いろいろ
上新粉(米粉)
精白した米を粉末にしたもの。煎餅や団子などの原料になります。小麦粉のように細かさのある上新粉は、洋菓子や米パンなどに使われます。
コシヒカリから作られた米粉
白玉粉
もち米を粉末にしたもの。もち米を水に浸し、水と一緒に挽いて作られます。水溶性たんぱくが溶け出すことででんぷんの純度が高まり、保存性がよくなります。粒子が細かく滑らかな食感。
白玉粉が原料の白玉団子。写真は長崎県島原市の「寒ざらし」。
糗(はったい)
米を煎って粉にしたもの。糖化して香りが立つため、香米とも呼ばれます。イネ科の米以外の穀類から作られたものも糗と呼ばれます。
道明寺粉
水に浸して蒸したもち米を干し、粗めに挽いたもの。関西風桜餅の材料に使われます。
餉(かれい)
蒸すか炊いた米を乾燥したもので糒(ほしい)とも呼ばれます。保存食や携帯食になり、食べるときは水に浸します。朝餉(あさげ)、午餉(ひるげ)、夕餉(ゆうげ)の語源でもあります。
粢(しとぎ)
もち米を粉状にして水で練るだけの加熱しない餅のこと。「しろもち」「からこ」「おはたき」「なまこ」などとも呼ばれます。米を食べる最も古い方法のひとつで、後に神饌として奉じられるようになりました。
米に関わる言葉や故事ことわざ
舎利(しゃり)
サンスクリットで米を意味する「シャーリ」と、仏教用語で遺骨を意味する「シャリーラ」がどちらも「舎利」と音写されたということを背景に、細かい骨が米に似ていることから米が「舎利」と呼ばれるようになったといわれています。現在では主に寿司の酢飯を指すときに使われます。白米が「銀シャリ」と呼ばれることもありますが、これは白米が貴重だった昔、玄米と区別するために使われた言葉です。
こめかみ
目尻の斜め上にある「こめかみ」ですが、米を噛む時にこの部分が動くことが名前の由来です。
米食った犬は叩かれずに糠食った犬が叩かれる
大きな罪を犯した者が罰を逃れ、小さな罪を犯した者が罰せられることのたとえ。
内の米飯より隣の麦飯
他人のものは自分のものよりよく見えることのたとえ。「隣の芝は青く見える」と同じ意味です。
いつも月夜に米の飯
何回続けても飽きない、楽しいことのたとえ。「毎日こうあればいいが、なかなかそうは行かない」という意味もあります。
【参考文献】 新村出(2018)『広辞苑』第七版(普通版)岩波書店 三省堂編修所(2016)『新明解 故事ことわざ辞典』第二版 三省堂 【参考URL】 米穀機構「米ネット」https://www.komenet.jp/index.html 日本文化いろは辞典「米」http://iroha-japan.net/iroha/B02_food/01_kome.html 亀田製菓株式会社「お米の国の物語」https://www.kamedaseika.co.jp/cs/?p=knowledge.knowledgeIndex Wikipedia「米」https://ja.wikipedia.org/wiki/米 一般財団法人・製粉振興会 http://www.seifun.or.jp 【画像出典】Public Domain, eBay, Wikipedia, Pixabay, Shutterstock, PhotoAC 他