日本で古来から親しまれている発酵食品には数多くの健康効果があります。日本の平均寿命が香港に次いで世界で2番目に長い理由のひとつに、発酵食品をよく食べることがあると言われています。
発酵食品とは
もともと「発酵」とは、酵母菌が糖をアルコールと二酸化炭素に分解する過程を意味していました。現在は、人の食べ物や飲み物によい変化をもたらす微生物が、食材に起こす作用を「発酵」と総称します。
発酵食品の特徴は、微生物の作用によって、材料となる食材にはない微妙な風味が作られることにあります。発酵に使われる微生物は、酵母、カビ、細菌があり、1つだけ使うこともあれば、これらを組み合わせることもあります。発酵にはさまざまな種類があり、微生物が独自の物質を作ったり、素の食品を分解するなどして、食材を美味しく変化させます。こうしてできた食べ物が「発酵食品」です。
また、食材を発酵させた後で熟成をする過程を経て作られた醤油や味噌などの食べ物は、「醸造品」とも呼ばれます。
<MEMO>世界史上初の発酵食品
ワインは、世界史上初の発酵食品です。ワインの素となるブドウの原種は300万年前から、糖をアルコールに分解する酵母は数億年前から地球に存在していました。ワインが登場する最古の文献は、今からおよそ6000年前、メソポタミア文明の頃に書かれた『ギルガメッシュ叙事詩』です。その中には「大洪水に備えて船を建造した際、水夫にワインを振る舞った」ということが記されています。またアルメニア南部の洞窟では、6100年前に使われていた世界最古のワイン醸造所跡が見つかっています。4000〜5000年前の古代エジプトでも、足踏み式の圧搾機と素焼きの壺を用いてワインが作られ、上流階級の人々に飲まれていました。
ブドウの収穫とワイン造りを描いた古代エジプトの壁画
主な発酵食品
納豆
【健康効果】
①血栓を溶解:納豆特有の酵素、ナットウキナーゼが血栓を溶かします。
②殺菌作用:病原性大腸菌O-157などに対する抗菌作用があります。
③整腸作用:胃酸におかされず、腸まで生きたまま届く納豆菌(プロバイオティクス)には、優れた整腸作用があります。これは江戸時代から知られていたようで、1697年に発行された本草書『本朝食鑑』には「腹中をととのえて食を進め、毒を解す」と記されています。
④骨の形成を促進:納豆に大量に含まれるビタミンK2が骨の形成を、ポリグルタミン酸がカルシウムの吸収を促進します。
【由来と歴史】
私たちが食べている「糸引き納豆」は、大豆を煮たものに納豆菌の発酵作用が加わってできるものです。納豆は弥生時代(紀元前10世紀〜紀元後3世紀)から食べられていました。弥生時代の竪穴式住居の床は、一段掘り下げられたところに藁が敷かれており、家の中心に炉があったので納豆菌の繁殖にちょうどよい温度と湿度でした。その環境下で、弥生人が煮た大豆を家の床に置いておいたところ、偶然納豆ができたのが始まりではないかと考えられています。
納豆が日本史上初めて文献に登場するのは、平安時代中期の学者、藤原妙衡(ふじわらのあきひら989〜1066)が記した『新猿楽記』の中の「精進物、春、塩辛納豆」というくだりです。『本朝食鑑』には、お寺の倉庫、納所(なっしょ)で精進料理として作られていたことが「納豆」という名前の由来ではないかと記されています。
藁に包まれた納豆(wikipedia.org)
醤油
【健康効果】
①血圧の上昇を抑制:醤油に含まれるアミノ酸の一種「ニコチアナミン」が、血圧を上げる酵素を阻害して血圧の上昇を抑えます。また、大豆が発酵、熟成する過程で生まれるアミノ化合物「メラノイジン」にも血圧効果作用があることが分かっています。
②食後の血糖値の上昇を抑制:メラノイジンは、コレステロール値を下げ、食後の血糖値の上昇を抑えるといわれています。
③抗酸化作用:酵母菌が作る醤油の香り成分には、抗酸化作用があると考えられています。
④整腸効果:植物性乳酸菌が生きたまま腸まで届き、整腸を促します。
⑤その他:他にも、動脈硬化の抑制、花粉症改善、菌の繁殖を抑える効果などがあるといわれています。
【醤油の塩分濃度】
食塩1g中に含まれる塩分1gと比較すると、一般的な醤油1g中に含まれる塩分は約0.14gです。意外と低い塩分濃度ですが、摂りすぎにはご注意を。
【由来と歴史】
日本の醤油の起源は、古代中国で食べられていた舐め味噌の一種「醤(ひしお)」、そして弥生時代から作られていた肉醤、魚醤、草醤などの塩漬けの食品と言われています。醤が登場する日本最古の文献は701年(飛鳥時代後期)に制定された『大宝律令』で、その中に「主醤」という醬を管理する官職の名が記されています。927年(平安時代中期)に公布された格式『延喜式』には「大豆3石」から「醤1石5斗」が作られると記されていることから、この時代の京都では既に醤が製造、販売されていたと見られています。同じ時代に作られた辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』の「醤」の項では、豆を使って作る「豆醢(醤)」について解説されています。
(wikipedia.org)
味噌
【健康効果】
①更年期障害の症状緩和:味噌、納豆、醤油などに含まれる大豆イソフラボンには、更年期障害や骨粗鬆症の症状緩和や、乳がん、前立腺癌の予防に効果があると言われています。
②がんの予防:味噌の発酵でつくられる脂肪酸エチルという成分は、がんの原因となる「変異原」の活動を抑制するとされています。1981年のがん学会の調査では、味噌汁を常食する人は通常よりも胃がん死亡率が低いという結果が出ています。また、昨今の動物実験では、味噌ががん細胞を抑制することが確認されており、味噌の熟成度が高いほど抑制効果が高いということが分かりました。
③抗酸化作用:味噌が熟成するときに作られる褐色色素の「メラノイジン」に抗酸化作用があり、色が濃いほど効果が高いと言われています。
④美肌効果:2013年に行われたマルコメと東京工科大学応用生物学部美科学研究室の共同研究では、20〜30代の女性グループが、味噌汁を1日3杯、2週間飲み続けた結果、飲み始める前に比べて肌の角質の水分量が増加し、きめ細やかになったという結果が出ています。
⑤血圧の上昇を抑制:味噌に含まれる大豆タンパクは、血圧の上昇を抑制すると言われています。
【赤味噌と白味噌の違い】
味噌の褐色は、発酵するときに大豆、麹、糖分などが起こす「メイラード反応」によって作られたメラノイジンによるものです。色の濃い赤味噌は、よく蒸した大豆を多く使い、高温で長い間熟成させたもので、塩辛くコクがあります。色の薄い白味噌は、茹でた大豆を精白米やメイラード反応が起こりにくい種類の麹と合わせ、短い間熟成させたもので、麹の糖分が残っているため、甘味があります。
【由来と歴史】
日本では、縄文時代(紀元前131〜紀元前10世紀)から製塩が行われており、穀物などの食品を塩漬けにして保存していました。それを原型として、弥生時代に「醤」がつくられるようになりました。古墳時代(3世紀半ば〜7世紀末)に入ると、醤を作るときに麹発酵のプロセスが加わりました。現在の味噌に最も近いものが作られるようになったのは奈良時代です。『大宝律令』の中の「大膳職」の項では、豆粒が残っている醤という意味の「末醤(みしょう)」と呼ばれる食べ物のことが記されています。この末醤が、味醤、味曽と変化し、味噌という名前になりました。
味噌蔵の木桶(wikipedia.org)
キムチ
【健康効果】
①代謝の促進:生姜に含まれるジンゲロール、塩辛に含まれるタウリン、アスパラギン酸が代謝を促進し、ダイエットや美肌生成を助けます。
②疲労回復:ニンニクに含まれるアリシン、ビタミンB1、アリチアミン、塩辛に含まれるタウリン、魚介の唐辛子に含まれるカプサイシン、白菜と塩辛に含まれるナイアシンには、疲労回復効果があります。
③抗菌作用:ニンニクに含まれるアリシンには、抗菌作用があります。
④抵抗力を高める:唐辛子に含まれるカプサイシンには、抵抗力を高める効果があります。
⑤整腸効果:ラクトバチルスなどの乳酸菌(プロバイオティクス)が、胃酸におかされず生きたまま腸内に届いて善玉菌を増やします。キムチに含まれる乳酸菌は、100種類以上にも及びます。
【由来と歴史】
昔、冬の寒さが厳しい朝鮮半島では野菜や魚などを塩漬けにして保存食が作られていました。この塩漬けに、山椒やニンニクなどの香辛料を加えたものがキムチの原型です。キムチの原型について記された最古の文献は、13世紀初頭の詩人、李奎報(1168〜1241)が記した詩集『東國李相國集』です。その中の「家圃六詠」という詩に「得醬尤宜三夏食 漬鹽堪備九冬支(醤漬けして夏に食べるのがよく、また塩漬けして冬支度に備える)」という意味の一文があります。 16世紀、栽培や加工が簡単な唐辛子が日本から朝鮮に伝えられ、山椒の代わりに使われるようになり、現在のキムチに近いものとなりました。
いろいろなキムチ(wikipedia.org)
<MEMO>日本のチーズ史
チーズには、骨や歯を形成するカルシウム、肝機能の改善に役立つアミノ酸、疲労回復を促すビタミンB群、体内で素早くエネルギーになる良質の脂質が豊富に含まれています。
4世紀頃に成立した仏教経典の1つ『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』には、「牛より乳を出し、乳より酪を出し、酪より生酥を出し、塾酥より醍醐を出すが如し。醍醐最上にして、もし服者あれば衆病みな除かる」と記されています。「酪とは乳を煮たもの、煮詰めて熟成させたものが醍醐(チーズ)。醍醐の味は最上で、万病を取り除く」という意味で、この頃からチーズの健康効果が認知されていたことが伺えます。飛鳥時代の6世紀末頃、中国や朝鮮からモンゴルのチーズに似た「酥(そ)」という乳製品が伝えられたことが、日本におけるチーズ史の始まりです。平安時代、チーズには不老長寿と強精に効果があるとされ、上流階級の人々が珍重していました。
鎌倉時代から江戸時代にかけて、チーズは日本史上から一旦姿を消します。再び登場するのは江戸時代中頃。5代将軍、徳川綱吉(1646〜1709)が、現在のようなチーズを日本で初めて食べたと言われています。8代将軍吉宗(1684〜1751)は、現在の千葉県にある嶺岡牧場で、インドから贈られた乳牛3頭を飼育し、バターやチーズを作りました。9代将軍家重(1712〜1761)の時代には、オランダからチーズが輸入されるようになり、明治時代に入ると、国内で本格的にチーズが作られるようになりました。
モンゴルのチーズ「ビャスラク」(mongol-info.com/post-507)
その他の発酵食品
●豆板醤 中国の発酵調味料。ソラマメと唐辛子が主原料。
●塩麹 塩、麹、水を混ぜて発酵させた調味料。
●醤油麹 醤油と麹を混ぜて発酵させた調味料。旨味成分のグルタミン酸が多く含まれます。
●臭豆腐 豆腐を植物性の発酵液に漬けたもので、中国南部や台湾で食べられています。大便臭を発散することで有名ですが、これは「インドール」という有機化合物によるものです。
中国・湖南省の臭豆腐(wikipedia.org)
●鰹節 カツオの身を加熱してから乾燥させ、カツオブシカビを噴射して密室に入れ、発酵、熟成させます。
●イカの塩辛 イカを生のまま塩漬けにして酵素と微生物を発生させ、発酵させたもの。
●なれ鮨 塩と炊いた米で魚を発酵させたもの。タンパク質を含んだ食品を保存するため、弥生時代から作られていたと考えられています。
●アンチョビ イワシなどの小魚を三枚におろし、塩漬けにして発酵、熟成させたもの。
●パン 小麦粉、水、酵母、塩などで作った生地を発酵させ、焼いたもの。古代エジプトでは、給料や税金をパンで支払っていた。
●ビール 紀元前4世紀、メソポタミアで人類が農耕を始めた頃に、放置していた麦のおかゆに酵母が入り、自然と発酵したのがビールの始まりと言われています。パンと同じ主材料を使うため「液体のパン」とも呼ばれていました。
●みりん 蒸したもち米に米麹を混ぜる→焼酎を加える→室温で2カ月ほど発酵、熟成→圧搾、濾過 という手順で造られます。
●酢 穀物や果物から醸造酒を作り、そこに酢酸菌を加えて発酵させたもの。
●テンペ 大豆をテンペ菌(クモノスカビ)で発酵させたインドネシアの食べ物です。見た目は油揚げに似ています。味は納豆のようですが、あまり臭みがなく、糸を引きません。
バナナの葉で包まれたテンペ (wikipedia.org)
●サラミ 豚ひき肉に、塩、ラード、スパイス、ハーブなどを混ぜてソーセージにし、約10℃の温度、約75%の湿度に保った部屋で2〜3カ月乾燥、発酵させたもの。
●紅茶 乾燥させ、揉み込んで完全に発酵させた茶葉で作るお茶。
●コンブチャ 紅茶や緑茶に砂糖を加え、そこにスコービーと呼ばれるセルロースゲルを2週間ほど漬け込んで作る飲み物。
<MEMO>発酵食品の日
1994年(平成6年)、日本記念日協会により、8月8日が「発酵食品の日」に制定されました。発酵の8と末広がりの8が由来の日付は、発酵食品が持つ可能性の大きさを表しています。
*記事中でご紹介している健康効果は、一般に効果が期待されると言われていることで、効果を保証するものではありません。