楽園綺譚(ameblo.jp/rakuenkitan)
地球に海ができたのは、約38億年前。海水中のアミノ酸が長い年月をかけてたんぱく質となり、そのたんぱく質がさらに年月を経て変化し、地球最初の生命である原核生物が生まれました。それから約32億年間、私たちの祖先は進化を続けながら海で暮らし、陸に上がったのは今から約5億年前でした。地球の水分の97%が海水で、その総量は約13.7億k㎥。そして、海は地球の表面の約78%を占めています。生命の源を産み、主要な資源である海には、健康に役立つさまざまな効果が潜んでいます。
海水の成分
海水は、約96.6%が水分、残り3.4%が塩分で構成されています。海水中の塩分の78%は塩化ナトリウムで、残り22%はマグネシウム、カルシウム、カリウムを始めとしたミネラル分。そのミネラル分は100種類以上に及び、ごく微量のミネラル成分の中には、種類が判明していないものもあるのです。
海洋療法、タラソテラピー
タラソテラピーは、海の持つさまざまな特長を活かしたフランス生まれの治療法です。1961年、フランス医学アカデミーが「海洋気候の中で海水、海藻、海泥を用いて行う治療」と定義づけました。
タラソテラピー(Thalassotherapy)という名前は、ギリシャ語で海を意味する「thalasso」とフランス語で治療を意味する「therapie」を合わせたもの。1867年、医師のラ・ボナルディエールによって名付けられました。
タラソテラピーの歴史
1899年、医師のルイ・バコは、リウマチ(※)の治療施設として、温めた海水を用いた世界初のタラソテラピー施設を開設しました。
その後、生理学者のルネ・カントンが医療としてのタラテラピーを確立。1904年、カントンは海水のミネラル分の構成比率が人間の体液に近いということを発見し、その後の実験で、濃度を体液と同じ程度に調整した海水は、飲料水や点滴用液などとして、体液の代用となりえることを明らかにしました。
1907年、彼は自然治癒力を引き出しながら治療を行うことを目的とした海洋診療所をパリに開設。栄養失調、胃腸炎、皮膚疾患や小児コレラなどの治療を行いました。戦争で一時廃れたタラソテラピーは、1950年代に再び注目を集めます。それから1970年代にかけ、フランスを中心としたヨーロッパ各地に多くのタラソテラピー施設が開設されました。
(※)免疫異常が原因で、手足の関節が炎症を起こす病気
タラソテラピーの種類
タラソテラピーには、大きく分けて3種類の療法があります。
(1)海水入浴療法(バルネオテラピー) 海水中に含まれる栄養分や、海水の浮力、温度、抵抗、水圧などを利用した療法です。
(2)海藻療法(アルゴテラピー) 海藻は「附着根」という海藻独自の器官で、岩礁などに付着し、海のミネラル分を吸収して貯蔵します。ミネラル分の他、海藻はビタミン類やアミノ酸、タンパク質などを含みます。その海藻をペースト状にして全身に塗布し、皮膚から体内へ栄養分を送る療法です。
(3)海泥療法(ファンゴテラピー) 長い時間をかけて海のミネラル分が蓄積された海泥を全身に塗布し、皮膚の殺菌、鎮静、保湿、老廃物の除去などを図ります。 その他にも、海砂療法(ブザマトテラピー)、海水治療法(ハイドロテラピー)、温泉療法(バルネオテラピー)、大気療法(アエロゾロテラピー)、日光療法(ヘリオテラピー)、運動・マッサージ療法(マソ・キネジテラピー)、機械療法(メカノテラピー)、食事療法(アリマンタシオン)などがあります。
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海水浴 8つの健康効果
海水浴は、タラソテラピーと似た効果を気軽に得ることができます。ハワイでは、思い立ったらすぐに海へ行けることが長所の1つ。海水浴で、タラソテラピー気分を満喫してみてはいかがでしょうか?
(1)皮膚トラブルの症状改善 海水に含まれるマグネシウムは、皮膚の保湿力を高め、湿疹や疥癬、乾燥肌など、皮膚トラブルの症状を改善すると考えられています。
(2)マッサージ効果 真水の浮力が1ℓにつき1kgであるのに対し、海水の浮力は1.03kg。海にはこの浮力の大きさに加え、水圧と波があります。そのため、海水浴は全身をマッサージし、血流をよくすると考えられています。
素足で砂浜を歩くことで、足裏をマッサージすると共に、普段の歩行では使わない筋肉を使うことができます。
(3)免疫力の向上 定期的に冷たい水に入ることは、免疫システムを刺激し、免疫担当細胞である白血球の数を増やすと考えられています。
(4)脳の活性化 海水に浸かって体を動かしたり、裸足で砂浜を歩いたりすることは、意欲を促すドーパミンやノルアドレナリン、心の安定を促すとセロトニンなど、神経伝達物質の脳内分泌を促し、脳を活性化すると考えられています。
(5)精神の安定 海の青い色は興奮を抑え、時間の経過を遅く感じさせるといわれています。
海の波の音には「1/fゆらぎ」という、人間の精神を安定させ、快適さを促すといわれる音波があります。1/fゆらぎとは、電磁波や音波などの空間的・時間的な変化が起こす波動が周波数fに反比例して起こるゆらぎのことで、「ピンクノイズ」とも呼ばれます。波の音を始め、人間の心拍のリズム、川の流れる音、ろうそくの炎の揺れ方、木漏れ日、蛍の光り方、木の模様など、自然界の様々な事象に存在する1/fゆらぎは、ものの集団の動き方の根本法則であると考えられています。
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(6)アトピー性皮膚炎の症状改善 アトピー性皮膚炎とは、強いかゆみのある慢性湿疹です。卵や小麦、ペットの毛、ダニなどの成分がアレルギーの原因物質、アレルゲンとなり、それに対する抗体「免疫グロブリンE」が作られることによって皮膚に炎症が起こります。また、人間の体内や皮膚の常在菌もアレルゲンになるといわれています。栄養塩類を含む海水は、常在菌の1つ「黄色ブドウ球菌」を殺菌し、アトピーの症状の改善に役立つと考えられています。
(7)水虫の症状改善 直射日光によって温まり、乾燥した砂浜には、殺菌力の高いマイナスイオンが多量に含まれています。そのため、晴れた日に砂浜を歩くことは、水虫菌を除去し、足の臭いを防ぐ効果があるといわれています。
(8)甲状腺ホルモンの生成 海水やビーチの空気には、ヨード(ヨウ素)というミネラル元素が含まれています。体内のヨードのほとんどは、喉ぼとけの下にある甲状腺に存在しています。そのため、適度なヨードの吸収は、甲状腺ホルモンの働きを助け、新陳代謝を促し、血流をよくしたり、皮下脂肪をエネルギーに変えたり、老化を遅らせるといった作用があるといわれています。
海水浴の歴史
海水浴の習慣は、いつ頃、どこで始まったのでしょうか?
始まりは18世紀
海水が健康に良いことは紀元前から知られており、古代ギリシャ時代(紀元前8世紀ごろ)には、既にさまざまな治療に海水が用いられていました。詩人エウリピデス(紀元前480〜406年)は「海は人の穢れを洗い流してくれる」という言葉を残しています。
エウリピデスは、ギリシャ三大悲劇詩人の一人。代表作は『メディア』。 (wikipedia.org)
海水浴の習慣が始まったのは、18世紀のヨーロッパ。世界で最も古い海水浴場は、現在もイングランド東海岸でリゾート地として栄えている、スカーバラ・ビーチといわれています。
スカーバラ・ビーチ (wikipedia.org/wiki/Scarborough,_North_Yorkshire)
療養所としての海水浴場
1754年、イギリス人医師のリチャード・ラッセルは、ロンドンの南にあるブライトンの海岸に海水浴場を開きました。この海水浴場は、今日のようなレジャー目的ではなく、訪れた人々が病後の療養や健康の増進、回復を図る「海水療法療養所」でした。
ラッセルは、ミネラル分を含んだ海水には、皮膚を洗浄して新陳代謝を促進させたり、自律神経を整えるといった効能や効果があると考えていました。また、1767年にはイギリス海峡に面した港町ディエップにフランス初の海水浴場が開かれ、1793年にはドイツの皇帝フリードリッヒ1世が、バルト海沿岸のハイリゲンダムに、上流階級の人々の社交の場として海水浴場を開設しました。ハイリゲンダムは、現在もドイツ最古の海岸リゾート地として栄えています。
日本の潮湯治
日本では、鎌倉時代頃から「潮湯治」と呼ばれる療養やお清めを目的とした海水浴がありました。潮湯治は、神話に登場する男神、イザナギノミコトが黄泉の国から戻って来た時、その穢れを落とすため「筑紫の日向の小戸の橘の檍原(あはきはら)」の海水で体を清め禊を行ったことが起源とされています。
日本初の海水浴場の開設
江戸末期、徳川家茂・徳川慶喜の侍医だった松本良順(1832〜1907)は、オランダ軍人が蘭方医学や航海術などを教える「長崎海軍伝習所」へ入所しました。そこで、オランダ人医師ポンペから医学を学んでいましたが、その中で、海底に刺した棒につかまって海水に浸かり、健康増進を図るという医療法を知りました。
松本良順は、新撰局長の近藤勇とも親交があった。(wikipedia.org)
明治時代に入り、良順は初代陸軍軍医総監となりました。退官後、彼は、長崎海軍伝習所で得た知識を元に療養目的の海水浴場を作ろうと思い立ち、それに適した海岸を方々探して回りました。そして1885年、神奈川県の大磯に療養施設として旅館を建て、日本初の海水浴場を開設しました。
大磯海水浴場には、良順の知古である政界の要人たちを始めとした上流階級の人々が多く訪れました。その後、庶民向けの旅館などが建設されるなどし、海水浴は広く認知されていきました。
「尾張名所図会 尾張大野潮湯治の図」1844年(江戸時代) 尾張大野は、現在の愛知県常滑市。
海水の雑学
海洋深層水とは?
海洋深層水(Deep Ocean Water)とは、水深が200mよりも深く、太陽光が届かない深海部の海水のことです。地球上にある水の約90%を占め、広い範囲に渡って周回しています。海洋深層水の周回ルートは、北大西洋グリーンランド沖から、北米大陸、南米大陸に沿って南下し、南極海で南極底層水と合流後、ニュージーランドから赤道を通り、北太平洋へ北上するというものです。このルートを1巡するには、約2000年もの年月を要します。
海洋深層水は、温度が低いこと、また海水中の植物プランクトンによる光合成が行われないことで、ケイ酸塩やリン酸塩など「栄養塩類」と呼ばれるミネラル分が多く含まれると共に、病原菌や環境ホルモンなどの有害物質がほとんど含まれません。そのため、医療や食品、水産など様々な分野での活用が期待されています。
酸素を作る海
地球の酸素の約70%は、海が作り出しています。水深70〜80mまでの海中にいる植物プランクトンや海藻が、水と二酸化炭素を取り入れて太陽の光に当たることで光合成を行ない、酸素が作られています。
にがりとは?
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「にがり」とは、海水から塩を作るときにできる最後に残った液体のことです。塩化マグネシウムを主成分とし、塩化カリウム、塩化カルシウム、亜鉛など、60種類以上の海洋ミネラルが含まれています。にがりは、主に豆乳から豆腐を作るときの凝固剤として使われます。また、にがりを数滴加えることで、コーヒーやお茶、飲料水の味をまろやかにしたり、米をふっくらと炊いたり、煮物の灰汁を取ったり、野菜の煮崩れを防いだり、肉を柔らかくしたりなど、様々な用途があります。
(日刊サン 2017. 9. 26)