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越後屋、おぬしも悪よのう

出るわ、出るわ。福井県高浜町の元助役(故人)から、関西電力のおエラいさんら20人に贈られた金品のすさまじさには仰天しました。

 

関電の岩根茂樹社長によると、現金1億4501万円、商品券6322万円、米ドル1705万円。これらに加えて、金貨が368枚、金杯が8セット、金が500グラム、仕立て代込で1着50万円也の超高級スーツ生地が75着分。しめて約3億2000万円相当だとか!

 

「越後屋、おぬしも悪よのう」「いえいえ、お代官様ほどでは」。年配の方にはおなじみの時代劇の一幕。桐の箱にぎっしりと敷き詰めたヤマブキ色に光る小判を前にした、悪代官と贈賄商人の下卑(げび)たやりとりが頭に浮かんだ人も多かったに違いありません。

 

しかし、さしもの悪代官も腰を抜かすほどの贈答のスケールです。きちんとした始末をつけないと、関電首脳らの総退陣ぐらいでは、国民の怒りはおさまらないでしょう。

 

最近でこそ虚礼廃止の機運もあって盆暮れなどの「つけ届け」はかつてほどではないようですが、日本は世界に冠たる贈答文化のお国柄。新聞社の政治記者だったわたしも、その一端を垣間見てきました。

 

外遊した与党の国対委員長が「土産代わりに」と野党の国対委員長に贈ったのは英国製の高級スーツの生地(さすがに50万円はしなかったと思いますが)。

 

後日、その野党の政治家は仕上がったスーツをパリッと着こなして「やっぱり英国製は違う。自腹では買えないよ」とご満悦でした。

 

パリの空港の免税店で、ある大臣がワゴンの中に盛られたネクタイの山を前に「50本ぐらいまとめて買っておけ」と秘書に命じているのを目撃したこともあったっけ。あのネクタイ、どこへ行ったのかな?

 

政治家たるもの、なんぞの時だけでなく、ふだんからボスへの忠勤を励むのが出世の道、なんですね。福田赳夫元首相のもとをカトレアの花を小脇に足しげく通った政治家は、同僚議員や記者から「カトレアの君」と呼ばれました。

 

政界に君臨した金丸信・自民党幹事長の私邸に毎朝、秘書に特製の青汁を届けさせたのは、入閣待望組の同じ派閥のベテラン政治家でした。その政治家は悪びれる様子もなく、「ゴマすり?幹事長の覚えがめでたくなるなら、なんでもいたしますよ」。

 

いまの記者諸君がどうかは知りませんが、わたしの経験では、新聞記者も贈答攻勢の前に、けっこう危ない目にあったものです。

 

ある日曜日、中堅政治家に夕食に誘われました。別れ際、「これ、地元の名物だけど、奥さんに」と手渡された箱の底には、ヤマブキ色の小判ならぬ商品券が10万円分。翌朝、議員会館の部屋に返しに行くと、秘書は「おたくとは、おつきあいできないね」とイヤミをたらたら。

 

 

与党首脳の外遊に同行取材したときのことです。ホテルの部屋に戻ると、ベッドの上に身に覚えがない手提げ袋が。ブランド物のハンドバッグでした。聞けば、その政治家のご夫人からのお土産だと。

 

さっそく夫人に掛け合いましたが、「あら、気にしないで。別のお色がよかったらおっしゃってね」とラチがあきません。「弱ったよなあ」と困り顔の他社の記者数人と相談し、帰国後に夫人を高級フランス料理店に招待しました。ともあれ「お返し」は果たせたのですが、心のどこかに、いまでも引っかかっています。

 

とび上がったのは、ひとかかえ以上もある大きな段ボールの梱包(こんぽう)が自宅に届いたことでした。送り主は、担当していた与党の衆議院議会運営委員長。

 

開くと、なんと大型の空気清浄器ではありませんか。何かの間違いかと、その政治家の事務所に問い合わせると、「対共産圏貿易禁止令(ココム)」に違反してソ連に工作機械を輸出した日本の大手メーカーが苦境にあり、その支援の一環だとか。

 

この大きさ、重さになると、おいそれとは返すに返せません。価格を調べて、ほぼ同額の植栽や洋種類を送り返したと思います。空気清浄器は知人に引き取ってもらいました。難儀なことでした。

 

ついでに言うと、この政治家、荒っぽい金権ぶりで悪名をとどろかせ、当時では最大規模の選挙違反事件も引き起こしました。そのお方が、こともあろうに空気清浄器ですって。ブラックジョークじゃないの。空気より政界の浄化が先でしょうが……。

 

彼は20年以上前に政界を引退し、それからどうしているのやら、噂を聞くこともありません。

 

 


 

木村伊量 (きむら・ただかず)

1953年、香川県生まれ。朝日新聞社入社。米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、ワシントン特派員、論説委員、政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年に代表取締役社長に就任。退任後は英国セインズベリー日本藝術研究所シニア・フェローをつとめた後、2017年から国際医療福祉大学・大学院で近現代文明論などを講じる。2014年、英国エリザベス女王から大英帝国名誉勲章を受章。共著に「湾岸戦争と日本」「公共政策とメディア」など。大のハワイ好きで、これまで10回以上は訪問。


 

 

 

(日刊サン 2019.10.26)