日刊サンWEB

過去記事サイト

記憶の雑学

Bynikkansan

10月 15, 2019

皆さんが今、思い出そうと意識して思い出せることはどんなことでしょうか?どんな情報で、いつ覚えたものでしょうか。私たちの脳は精巧なコンピュータのように複雑で、そこにしまわれている記憶には、短期記憶や長期記憶など様々な種類があります。人間の記憶にはいまだ多くの謎がありますが、どんなものか少しでも具体的に知っておくと、仕事や日常生活で何かを覚える時に役立ちます。今回の健康特集では、私たちの記憶に関する雑学や、効率のよい記憶方法などをご紹介しましょう。

 

 

記憶に関するあれこれ (嗅覚と記憶、脳の記憶容量、幼児期健忘)

◉プルースト現象(嗅覚と記憶は隣り合わせ)  

フランスの文豪、マルセル・プルースト(1871〜1922)の大長編小説『失われた時を求めて』では、寒い冬の日、家に帰ってきた主人公が母親が出してくれた熱い紅茶に浸したマドレーヌの香りをきっかけに、子供の頃の記憶を鮮やかによみがえらせます。

 

「今や家の庭にあるすべての花、スワン氏の庭園の花、ヴィヴォンヌ川の睡蓮、善良な村人たちとそのささやかな住まい、教会、全コンブレーとその周辺、これらすべてががっしりと形をなし、町も庭も、私の一杯のお茶からとび出してきたのだ。」  

 

マドレーヌの香りから、日本語の400字詰め原稿用紙にして1万枚にも及ぶ大回想物語が繰り広げられていきます。他にも、主人公が甘酸っぱい花の香りで南の島の旅を思い出したり、香水の香りで昔の恋人を思い起こしたりと、香りによって昔を回想するシーンが多いことから、ある特定の香りを嗅ぐことで、それにまつわる記憶をはっきりと思い起こすことを「プルースト現象」と呼ぶようになりました。 

 

嗅覚は五感の中で唯一、記憶を司る海馬や喜怒哀楽などの感情を司る偏桃体がある大脳辺縁系と直接繋がっている感覚。香りの成分が大脳辺縁系に直接届くことから、感情を伴った記憶がよみがえり易いと言われています。

 

マルセル・プルースト

 

◉人間の脳の記憶容量  

(約6億5千万人分のDNAを保存できる大きさ)  

イギリスの科学雑誌 ”eLife” 誌に発表された最近のある研究論文で、私たちの脳の記憶容量はこれまで考えられていた容量の10倍、1ペタバイトもあることが分かったと発表されました。1ペタバイトには、すべての段に書類が入った4段の書棚2000万個分、テレビの高画質録画を13年分超、または約6億5千万人分のDNAを十分保存できるくらいの容量があります。  

 

論文を発表したソーク研究所(サンディエゴ)のテリー・セチノウスキー教授らの研究チームは、シナプスに焦点を当てた研究によって脳の記憶容量を特定しました。  

 

シナプスとは、ニューロンと呼ばれる脳細胞の間で信号を伝える接合部のことです。大きいシナプスほど機能が高くなり、ニューロンの記憶容量はシナプスの大きさによって決まります。大きいシナプスの利点として、より高い強度を持ち、より確実に信号を伝えられることなどが挙げられています。

 

研究チームは、ラットの海馬(脳の記憶中枢)の細胞組織を3Dデジタルで精巧に再現。その再現モデルと電子顕微鏡でそれぞれのシナプスの大きさの違いを計りました。その結果、シナプスには約26種類の大きさがあること、それぞれの大きさの違いは約8%ということが分かりました。

 

 

◉幼児期健忘  

(3歳以前の記憶があまりない理由)  

皆さんの子どもの頃の1番古い記憶は、何歳ごろのものでしょうか? 一般に、具体的に思い出せるのは3歳以降の体験で、それ以前のことはほぼ何も覚えていないと言われています。これを幼児期健忘と言います。  

 

幼児期健忘が起こる原因として、3歳以前に記憶するために使われていた神経ネットワークが、大人の脳へ変化する際に発達した神経ネットワークに飲み込まれるため、3歳以前の記憶を思い出せないという説があります。

 

もう1つの説として、乳児期の学習機能が未熟なため、記憶をうまく固着できないというものがあります。しかしながら、乳児期に全く記憶ができない訳ではありません。これまでの研究では、生後3カ月の赤ちゃんで1週間、生後4カ月で2週間の間、記憶が保たれることが分かっています。

 

 

◉脳に男女差はある?  

(女性は男性よりも嫌なことを早く忘れるという説)  

カナダのモントリオール大学で2012年、男女の記憶分布の違いについて、次のような実験が行われました。  

 

複数の男女の被験者に、それぞれ戦争や動物などの様々な写真を見せました。一定の時間を置いたあと再びそれらを見てもらい、記憶している写真を見せられた時にボタンを押してもらったところ、女性は戦争の写真など、悲しみや不快を誘う写真に関しては記憶が曖昧な一方、動物などの可愛さや楽しさを思わせるものはよく記憶していました。

 

男性は逆に不快な写真をよく記憶しており、女性に比べて楽しい写真はあまり覚えていなかったのだそう。そして脳波を測定したところ、記憶に使う脳の領域が男女で真逆ということが分りました。女性は楽しいことを記憶する際に右脳を使い、不快なことを記憶する際に左脳を使うのに対して、男性は不快なことに右脳を、楽しいことに左脳を使っていました。

 

一方で、2015年に行われたイギリスのロザリンド・フランクリン医科学大学の研究では、「男性脳」「女性脳」といった脳の性差は存在しないという結果が発表されています。脳の性差が存在するかどうかの解明には、もう少し時間がかかるようです。