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10月10日は「銭湯の日」と定められていることをご存知でしょうか?実は東京都公衆浴場商業協同組合が1964年の東京五輪開会式があった日(旧・体育の日)を記念して決定し、日本記念日協会の登録認定を受けています(1996年)。スポーツで汗をかいた後、銭湯などで入浴することは健康によいと科学的にも証明され、それがこの日を銭湯の日に選んだ理由です。

 

筆者が住んでいる東京都中央区には江戸時代(1863年)創業の「金春湯」があります。かつて能の金春座があった場所に近い銀座8丁目で、午後の早い時間から営業しています。入口には、板に「わ」と書いて、「沸いた」、つまりお湯が沸いて営業中、板に「ぬ」と書かれている時は、湯を抜いたということで、お休みの表示という洒落た看板が老舗らしさを醸し出しています。

 

周辺は飲食店など夜の仕事に携わる人も多く、仕事の前にひと風呂浴びたり、外国人観光客の姿もみられ、流石に銀座らしい銭湯です。男湯には赤富士、女湯には雪をかぶった富士山のペンキ画が掲げられ、壁面のタイル絵は「一年十二ヵ月来い(鯉)来い」と願いを込めて、12匹の鯉が跳ねる。ここは東京都が主催する東京マラソンのランナーたちにも愛好されてきました。

 

銀座には、もう一軒、その名も「銀座湯」があります。この銭湯では改修中の今年は、10月8~10日に「テアトル銀座〝湯〟」と称して、映画鑑賞会が開かれます。映画「超高速 参勤交代」が上映される予定で、一日20人限定で希望者を募集していたので応募し、8日の部に「当選」との知らせが届き、その日を楽しみにしています。

 

ここもマラソン愛好家の利用が多い銭湯で、壁面に描かれた「銀座4丁目交差点」(男湯)、「隅田川花火」(女湯)のタイルが人気です。1975年創業と、金春湯のような歴史はありませんが、銀座の貴重な銭湯として存在感を示しています。改修後のリニューアルの姿が楽しみです。

 

最近、台風15号で大規模な停電などの被害が出た千葉県で、銭湯が被害住民に提供され、話題になりました。停電・断水で入浴困難となった千葉市民にとって、少しでも疲労を癒す場として銭湯が生かされました。

 

江戸時代以来、庶民には親しみ深い銭湯ですが、近年の状況をみると、東京を中心に銭湯の数は減る一方です。厚生省が2016年現在で20年前との比較をまとめた調査によると、東京では1503軒から593軒に激減し、残存率は39%となっています。

 

残存率は鹿児島の88%をトップに、青森(80%)、大分(63%)、山梨、熊本(ともに60%)などでは、どっこい生きてる、と銭湯が頑張っています。青森、鹿児島は、人口比でみると東京や大阪より銭湯の比率が高いというデータがあります。

 

一方で、茨城、佐賀、山形、島根が20%を切り、沖縄では2%と風前の灯火のありさまです。東京ではその昔、銭湯経営者には新潟県出身者が多いという時代がありましたが、新潟自体の残存率は34%にとどまっています。全国の総計も、9461軒から3900軒に減少し、残存率は41.2%になっています。

 

縁あって30数年来、中央区の佃・月島地区に住んでいる体験から銭湯を考えると、中央区では東京五輪直後の1965年に51軒あった銭湯が、いまは9軒に激減しています。中央区はかつて石川島播磨重工業などの工場があり、その住宅が密集していた地域ですが、こうした住宅には家庭風呂を備えた家屋が少なく、おのずと銭湯の需要が高かったのです。

 

それがいまでは、石川島工場跡地に開発された佃リバーシティのタワーマンションに象徴されるようにマンションが急増し、銭湯を利用する住民が減ってきました。全国的にも、家風呂がほぼ100%に近いほど普及して、銭湯が生き残れる営業条件が厳しくなってきたのです。

 

中央区では65歳以上の高齢者を対象に「敬老入浴券(カード)」を発行しています。銭湯の入浴料金は470円(消費増税で10円アップ)ですが、このカードを持参すれば100円でゆったりとお湯につかることが出来ます。さらに月2回の「ふれあい銭湯」の日には、一般の入浴料金が100円に、カード持参の高齢者は無料に、というサービスがあります。銭湯の利用者を増やし、銭湯の営業を後押しする政策です。

 

対象となる銭湯は区内のほか、隣接する千代田区の2カ所、台東区の3カ所があり、筆者もこのカードを貰ってから、全銭湯制覇を、と願っていますが、まだ5カ所ほどしか訪れていません。

 

減りつつある銭湯ですが、逆に、スーパー銭湯、ヘルスセンター、健康ランドなど大型の入浴施設が人気を集めているのも最近の傾向です。来年の東京五輪・パラリンピックに向けて、外国人観光客に銭湯を楽しんでもらう企画も進められています。この機会に、海外からのお客様と裸のつき合いで交流を深めるのも有益ではないでしょうか。 

 

 


高尾義彦 (たかお・よしひこ)

1945年、徳島県生まれ。東大文卒。69年毎日新聞入社。社会部在籍が長く、東京本社代表室長、常勤監査役、日本新聞インキ社長など歴任。著書は『陽気なピエロたちー田中角栄幻想の現場検証』『中坊公平の 追いつめる』『中坊公平の 修羅に入る』など。俳句・雑文集『無償の愛をつぶやくⅠ、Ⅱ』を自費出版。


 

 

 

(日刊サン 2019.10.08)