ストリートからカーネギーホールへの道 Vol. 3 by Shige
NYでの最高のプレゼント
2011年、NYの大家族バンドにスカウトされた僕は、ほぼ毎日彼らと歌っていました。毎日7時に家を出て電車に乗り、セントラルパークの噴水のそばで、人の少ない時間から発声練習をします。行き交う人々は口々に、「Such a beautiful day!!」とか「Love your voice」とか気軽に声を掛けてくれます。少しホームシック気味の僕はそう言う言葉にとても救われました。
9時くらいに、メンバーの1人エイブラハムがやって来ます。当時、高校を卒業したてだった彼は、語りたい年頃なのか、最近の音楽シーンや政治など色々話してくれました。彼のおかげでかなり英語が話せるようになりました。
全員で12時半まで練習し、その後3時間の休憩。近くの「ボートハウス」というお洒落なカフェで、エイブラハムはすごい量のハンバーガーをいつも食べていました。当時の僕はコーラ1缶、チョコバー1つ買うにも熟考するほど節約生活。毎日15ドルも使う彼に、「僕のように自分でサンドイッチを作ったら、1カ月で300ドルも貯められるぞ」と諭しましたが、、毎日おいしそうにハンバーガーを頬張っていました。
ランチ後は、芝生に寝転び、太陽の光が木陰から指すのをなんて綺麗なんだろうと思いながらお昼寝タイム。湿気の少ないNYは、とても過ごしやすいのです。その後5時半までまた歌います。元気が残っている日は、さらに地下鉄の駅でエイブラハムと歌うほど、一日中歌っていた時期でした。
日本にいた時とは異なり、歌えば歌うほどお金がもらえるNYを僕はミュージシャンのディズニーランドだと心から思っていました。努力や苦労と感じることなく、楽しくて仕方がない時は、とても成長できる時ですよね。 過ごしやすい夏が過ぎ、やがて冬がやってきます。NYの冬は寒く、マイナス5〜10度は当たり前、0度あれば暖かいなんて言うくらいです。僕は、冬になったら人が集まらず、歌えなくなるのではないかと、春の頃からずっと恐れていました。しかし予想に反し、サンクスギビング、クリスマスとイベントも多い時期で、人々は集まってきました。 ある日、世界でも有名な新聞社The Wall Street Journalの記者のラルフさんと言う男性が、取材をしたいと言ってきました。なぜ、この黒人グループに一人だけ日本人がいるのか?なぜ、あてもなくNYに来たの?など。僕は小さな記事になったらいいかなくらいで、あまり期待はしていませんでした。
クリスマスが近づき、街はネオンや飾り付けが出始めます。初めてのNYのクリスマスを記録に残したくて、節約していたお金でキャノンの一眼レフカメラを買いました。夕方から街に繰り出し、様々な瞬間を収めました。サンタの帽子をお揃いで被って歩く家族、目を輝かせてブロードウェイの看板を見つめる子ども達、全てが魔法にかかったようにキラキラしていました。もうすぐ今年が終わる・・・今まで感じたことのない充実感が身体中にみなぎっていました。
2011年12月13日。朝起きると友達から電話がかかってきました。「おい!シゲが一面に、でっかく特集されてるよ!」僕は慌てて駅に新聞を買いに行きました。The Wall Street Journalは経済面、文化面など別冊にわかれているのですが、その文化面の一面全体に、「Street Singers Worth a Stop(足を止めて聴く価値のあるストリートシンガーズ)」と大きな見出しで紹介されていました。
その見出しを見た瞬間、遠い昔に亡くなった父がスッと脳裏によぎり紙面が滲みました。褒めて貰いたかったのか、感謝を伝えたかったのか、人間の心って不思議なものですね。あの冬、NYから最高のサプライズで素敵なクリスマスプレゼントが僕に届きました。 (文=中野成将)
Renee’s Music Studio
ドンキホーテそばのハワイの音楽教室。リトミック教室から音大受験コースまで幅広いコースが選択可能。日本語・英語どちらでも対応。ピアノ、ウクレレ、ドラム、ギター、歌など趣味で音楽を嗜みたい人もウエルカム。トライアルレッスンも可。
(日刊サン 2019.10.04)