異例の寒波で冷え込んだカウフマン・スタジアム
4月15日の日曜日、エンゼルスの大谷翔平選手はカンザスシティで開催のロイヤルズ戦に先発登板する予定でした。その試合を見るために、カンザスシティへ向かう飛行機の中でロイヤルズの選手に関するウィキペディアのページを読んでいると、隣の席に座っていた男性からなぜロイヤルズの選手のことを調べているのか?と尋ねられました。
大谷選手はベーブ・ルース以来の投打二刀流選手として今季メジャーデビューを果たしたばかりですが、近年アメリカ・スポーツ界の二刀流というと、メジャーリーグとNFLの両リーグで活躍した選手を指すケースが多く、ワールドシリーズとスーパーボウルに出場経験があるディオン・サンダースや、両リーグのオールスター戦に出場経験があるボー・ジャクソンなどが挙げられます。
そのジャクソンは1986年にロイヤルズでメジャーデビューを果たした外野手で、彼の経歴を読んでいると、隣に座っていた男性は「ボーと言えば、こういうプレーがあってね」と話を始めました。1989年6月の対マリナーズ戦でのこと。現在はMLBネットワークでアナリストを務める当時現役のハロルド・レイノルズが放った左翼フェンス直撃のライナーを素手で捕球したジャクソンは、捕手ボブ・ブーンへドンピシャの送球で本塁アウトにしたそうです。
マリナーズと言えば、イチロー選手の「レーザービーム」が有名ですが、そのマリナーズの現本拠地セーフコ・フィールドができる前の話。今は亡きキング・ドームでジャクソンが見せたレーザービームが、この男性の記憶に鮮明に残っているようで、それは楽しそうに話してくれました。本塁アウトの判定に猛抗議をしたのは当時マリナーズ監督のジム・ルフィーバー。皮肉なことに、その息子のライアンは現在、カンザスシティのFOXスポーツでロイヤルズの実況中継を担当しています。
メジャーキャンプ地でファンが 参加可能な春季キャンプ
機内で野球談議が盛り上がり、ロイヤルズ・ファンの男性は更に話を続けました。今年2月の春季キャンプ開催前に、ロイヤルズがファンを対象にした春季キャンプを開催し、それに参加したそうです。
キャンプ開催地は実際にロイヤルズがキャンプで使用するアリゾナ州サプライズのサプライズ・スタジアム。選手が使用するロッカーに参加者の名前入りのユニフォームが毎日用意され、そこで着替えて練習した後に、それぞれチームに分かれて1日2試合を行うイベントでした。
ロイヤルズ・ファンで編成されたチームのコーチを務めたのは、チームのOB達。1970年代から1990年代にかけ、ロイヤルズ一筋でプレーし、通算3,154安打、MVP選出(1980年)シルバースラッガー賞3回などの輝かしい記録を残して球界殿堂入りを果たした元三塁手で、現在は球団副社長を務めるジョージ・ブレットも直々、ファンに手取り足取り指導してくれたそうです。
野球に限らず、プロのスポーツチームのクラブハウスでは、ヘマをやった選手を冗談で訴える「カンガルー裁判」がよく行われ、このファン向けのキャンプでも開廷した模様。参加者の一人がクラブハウスのカーペットにプリントされたチームのロゴを踏みつけたために、カンガルー裁判に訴えられ、5ドルの罰金が科されました。罰金は被害者の手元に入るのではなく、一括管理され、キャンプ終了時にクラブハウスでユニフォームや道具を用意してくれた係員へのチップとして手渡されたそうです。
キャンプに飛び入り参加したジャクソン
球場内ミュージアムに展示されたジョージ・ブレットの通算3000安打記念バット |
前述のジャクソンは1986年にロイヤルズでメジャーデビュー。翌1987年にはオークランドへ移籍する前にロサンゼルスを本拠地としていたレイダースでNFLデビューを果たしました。1989年にはメジャーリーグのオールスター戦に選出され、翌1990年にはNFLのプロボウルにも選出。
しかし、1991年1月にシンシナティ・ベンガルズと対戦したプレーオフの試合で、アメフト選手としての寿命を絶たれる股関節の怪我を負ってしまいました。 その時点でまだロイヤルズとの契約は残っていましたが、怪我がネックとなり、ジャクソンはロイヤルズからも解雇されます。幸い、1991年はシカゴ・ホワイトソックスと契約でき、キャリア最後の1994年は大谷選手が所属するエンゼルスでプレーした後に引退。
解雇されたロイヤルズとは疎遠となり、移籍後にカンザスシティのカウフマン・スタジアムやアリゾナのキャンプ地に姿を見せることはほとんどなかったそうです。
しかし、ファンを対象にした今年2月のキャンプには、そのジャクソンが突然姿を現れ、ファンどころか、ブレットなど、コーチとして参加していた元チームメイト達をびっくりさせました。「それがこの瞬間だよ。ジョージ(・ブレット)がすごく嬉しそうな顔をしているのがわかるよね?」と見せてくれたのがこの写真。
目を丸くしたブレットがTシャツ姿のジャクソンに手を差し伸べています。ジョンメイベリーやウィリー・ウィルソンらの元チームメイトも再会を非常に喜んでいたそうです。
機内で隣の席に座っていた男性が、このキャンプにコーチとして参加していた別の元選手から聞いた話によると、ジャクソンは当初ロイヤルズと契約した時期にチームのスカウトを担当していたアート・スチュワートを敬愛しているのだろう。もう91歳になり、第一線は退いたベテランスカウトですが、そのスチュワートから「ロイヤルズは君の家族じゃないか?もう和解したらどうか?」と、もう30年も前に解雇された恨みは捨てるように、助言されました。
それを聞き入れて向かったのがアリゾナのキャンプ先。その話をしながら、隣の席では大の大人の男性が声を詰まらせ始め、よほどこのチームのことが好きな人なんだなと実感しました。