日本では、縄文時代から現代までの数千年もの間、適材適所に木材を使い、生活がより豊かで快適になるよう工夫を重ねる「木の文化」を育んできました。縄文時代の竪穴式住居に使われた木の骨組みは現在の木造住宅に受け継がれているほか、農具、食器、家具、紙、燃料など、各時代の生活で使われたさまざまな木製品の多く現代でも使用されています。今回のエキストラ特集では、日本文化の発展に大きく関わってきた木が、どのように使われてきたかをご紹介したいと思います。
古代日本の木の文化
日本最古の記録
さまざまな形で木と関わりながら生活してきた日本人。 その最初の記録とは?
日本の木材や植林に関連する最古の記録は、神代から古墳時代、飛鳥時代末期までの歴史が記されている『古事記』と『日本書紀』に見ることができます。『古事記』『日本書紀』合わせて53種類もの樹木が掲載されており、その中には現在の日本でも建築などに使われている檜、松、杉、楠も含まれています。
また、『日本書紀』神代の巻には、スサノオノミコトの逸話として次の一節が記されています。 「『韓郷の嶋には、これ金銀あり。たとひ吾が児の所御す国に、浮宝有らずば、未だ佳からじ』とのたまひて、乃ち鬚髯を抜きて散つ。即ち、杉となる。また、胸の毛を抜き散つ。これ檜になる。尻の毛は、これ柀になる。眉の毛は、これ樟になる。すでにしてその用ひるべきものを定む。すなはち稱してのたまはく。
『杉および樟、この両の樹は、もつて浮宝(舟)とすべし。檜はもつて瑞宮(宮殿)をつくる材にすべし。柀はもつて顕見蒼生の奥津棄戸(廟)にもち臥さむ具(棺)にすべし。そのくらふべき八十木種、みなよく播し生う』とのたまふ」 《意訳》 日本は島国なので、浮宝(舟)がないと不便だ。そこでスサノオノミコトは、自らの身体に生える毛を抜き、杉、檜、槇、楠を創った。そして「檜は宮殿に、杉と楠とは舟に、槇は棺に使うように」と人々に説いた。
縄文時代
木の性質による使い分け
日本各地の縄文時代の遺跡からは、当時使われていた木製の道具も出土しています。それらの出土品から、器には削って形成しやすいトチノキを、弓には硬くてしなるカシノキを、石斧の柄には硬いヤブツバキを使っていたことなどが分かっています。
飛鳥時代
世界最古の木造建築物群、法隆寺建立
奈良県生駒群斑鳩町にある法隆寺は、7世紀初頭に創建されました。聖徳太子が当時住んでいた斑鳩宮に接する形で建立した寺院で、法隆寺の東院が斑鳩宮の跡地と伝えられています。建材にはヒノキが使用されており、1300年以上経った現在もそのまま残っています。
コンクリートや鉄筋の建物の場合、その寿命は最大でも100年と言われており、ヒノキがどれほど耐久性に優れているかが窺えます。また、法隆寺の修理の際に建材を削ると、長い年月が経っているにも関わらずヒノキのよい香りが漂うのだそうです。
奈良時代
世界最大級の木造建築物、東大寺大仏殿建立
奈良県にある東大寺は、8世紀前半、聖武天皇によって創建されました。鎌倉時代、室町時代の戦火で大仏殿を始めとした多くの建物が2度も消失し、現在の大仏殿は18世紀初頭(江戸時代)に再建されたものです。
世界最大級の木造建築物とされており、その高さは47.5m、面積は約2900平米。建築材料には長さ約30m、直径約1mの丸太が84本使用されています。使用された木材の総量は、現在の一般的な木造住宅のおよそ860戸分にもなるのだとか。
日本由来の木 主な種類と特徴
杉 (スギ) ヒノキ科スギ属
…日本で最もよく使われる木材
現在の日本の人工林の約40%はスギ。スギは日本で最もポピュラーな木材と言えます。日本の固有種で、学名はCryptomeria japonicaと言います。スギの語源は、真っ直ぐ伸びるという意味の「直ぐなる木」と言われています。先述の『日本書記』にもあるように、古くから造船などに使われてきました。
また、独特の芳香を活かして酒樽などとしても使われています。幹が真っ直ぐで、柔らかく加工しやすいことが特徴です。「辺材」と呼ばれる周辺部は白く、「心材」と呼ばれる中心部は淡い赤から赤褐色、黒褐色などさまざまな色があります。辺材と心材が混ざる部分は紅白であることから「源平」と呼ばれています。
【オモテスギとウラスギ】
スギは土質を選ばず、北海道南部以南のどの土地でも育ちます。太平洋側のスギは「オモテスギ」、日本海側のスギは「ウラスギ」といいます。国有林で採れる天然木では秋田杉、春日杉、屋久杉などが有名。民有林で育てられる造林木で有名な場所は、奈良県の吉野、三重県の尾鷲、大分県の日田など。台湾でも吉野杉が育てられており、日本に輸入されています。
松 (マツ)マツ科マツ属
…アカマツと黒松の違いとは
古代から日本人の身近にあったマツ。『古事記』以来、和歌集や書物に多く登場しています。『万葉集』の和歌のうち、マツの歌はハギ、ウメに次いで3番目に多い80首近くもあります。一般的に、マツといえばアカマツとクロマツのことを言います。
この2つの松はよく似ていますが、アカマツはクロマツよりもやや強い性質があります。クロマツの樹皮は黒褐色、アカマツのそれは紅褐色です。辺材は黄色味のかかったしろ、心材は黄色味のかかった薄いピンク色から赤褐色。肌目は粗く、木目はほぼまっすぐで、年輪もはっきりしています。
【造林面積は4番目】
マツは、本州北部から九州まで分布します。クロマツは海の近くで、アカマツは内陸で多く見られます。東北地方では海の近くにも見られ、日本三景の1つである松島のマツはほとんどがアカマツです。クロマツ、アカマツを合わせた造林面積は、スギ、ヒノキ、カラマツに次いで4番目。
檜 (ヒノキ)ヒノキ科ヒノキ属
…独特の芳香と抗菌効果
古くから神社仏閣などに用いられてきたヒノキは、強さ、美しい光沢、そして特有の芳香が特徴です。ヒノキの芳香成分は、アルファピネンとボルネオールという物質。よい香りがするだけでなく、抗菌効果もあると考えられており、ヒノキのまな板などはその実用例と言えます。
檜葉 (ヒバ)ヒノキ科アスナロ属
…青森県の檜葉林が有名
ヒバはヒノキアスナロとも呼ばれます。本州南部、四国、九州に分布するアスナロが、寒い地方で育つべく変化したものです。しかし、ヒノキアスナロとアスナロを区別することはほとんどなく、どちらもヒバとして扱われています。有名な青森県の檜葉林は、木曽の檜林、秋田の杉林と並んで日本三大美林のひとつに数えられます。
ヒバは建築材の中でも耐朽性が抜群に優れており、建物の土台として使用されることが多かったようです。ヒバ造りの歴史的建築物として有名なのは、1124年に竣工した岩手県平泉町の中尊寺金色堂。全体の93%に青森ヒバが使われています。
桐 (キリ)シソ目キリ科
…箪笥に適している理由とは
キリは日本で生育するものの中で最も軽い木で、適度な強度があります。「娘が生まれたら庭に桐を植え、嫁入りの時はその桐で箪笥を作る」というキリの木に関するいわれがあります。これはキリの成長がとても速いことや、湿気に強いため箪笥の素材に向いているということを表しています。
また、貴重品を桐箪笥や桐箱に入れるという習慣もありますが、これにも理由があります。キリは断熱性と防火性に優れ、熱伝導率が少ないため、箱の中の温度を一定に保ちます。厚めの桐材の場合、着火しても表面は炭化しますが、中まで燃えるには時間がかかるため、万が一の火事の際にも安心できるというわけです。
キリの天然木は北海道南部以南から全国的に自生しており、造林木は本州の関東以北に多くあります。福島県の会津桐や岩手県の南部桐が有名です。
楠 (クスノキ)クスノキ科ニッケイ属
…仏像や船の材料にも
クスノキは、独特の芳香を持つことから昔は「臭し(くすし)」と呼ばれていました。木材や根を水蒸気蒸留すると樟脳がとれますが、古くからクスノキの葉や燃やした煙には防虫、鎮痛効果があると考えられていました。
防虫効果に加えて大きく育つため、飛鳥時代から残る多くの仏像にクスノキが使われています。腐敗しにくいという特長もあり、古墳時代から船の材料として珍重されていました。
『古事記』の「仁徳記」には、クスノキ製の快速船「枯野」の逸話が登場します。室町時代から江戸時代にかけては、軍用の船が多く造船されました。現代では、葉に厚みがあり、また葉と葉の間の密度が高いため、街路樹として交通騒音の低減に活かされています。