在ホノルル日本国総領事館総領事公邸で、8月31日、日本の伝統民族芸能江戸里神楽の上演会が開催された。舞い手は若山社中に所属する江戸里神楽の第一人者、鈴木恭介さん。鈴木さんは、日本文化月間の一環として在ブルガリア日本国大使館が主催した上演会など、海外でも多くの舞台に出演している。この日は、ホノルル美術館やハワイ大学から集まった約40人の招待客が、日本でも観る機会が稀な江戸里神楽を堪能した。
上演会最初の題目は「天狐の舞(てんこのまい)」。天狐とは稲荷神の使い番である男狐のことをいう。千年以上生きていて、九尾の尾があり、人に取り付いて神通力を与えるとされている。この舞は白狐(女狐)が畑を耕した後、天狐が種まきをするという農作業の情景が表現される。神社での奉納舞の場合、この舞の次に稲荷神が稲刈りをする舞、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)が天照大神と民草に米を供する舞が行われる。舞台に設置された金屏風の裏から袴姿に狐面を着けた鈴木さんが登場し、囃子に合わせて清々しく張りのある動作で舞い始めると、客席からは感嘆の声が挙がった。
天狐の舞
舞が終わると、狐面を外した鈴木さんが改めて登場。スライドや実演などを交えて江戸里神楽の歴史、特徴などを語った。江戸里神楽は「神事舞太夫」という神楽専門の舞い手が神社の祭礼で演じる神楽の総称。その起源は山本権律師弘信が1373年(室町時代)に創始した里神楽。現在の江戸里神楽は江戸時代初期に埼玉県の鷲宮神社で舞われた「土師一流催馬楽神楽(はじいちりゅうさいばらかぐら)」に由来すると考えられている。神事舞太夫は、笛、大拍子、長胴太鼓の囃子に合わせて踊り、古事記や日本書紀の神話などを、身ぶり手ぶりで表現しながら演じる。
ジェスチャーを交えて江戸里神楽を語る鈴木恭介氏
特に「悪鬼退治」という舞の動きは分かりやすくコミカルなため、江戸里神楽を初めて観る人にも理解しやすいという。筋書きは次の通り。稲荷神は、弓の名人、紀千箭(きのちのり)に弓矢を授け、稲荷山にいる悪い鬼たちの退治を命じる。千箭は山に到着し「引弓の舞(ひきみのまい)」を踊り始めたが、それを見た鬼たちが舞の邪魔をし始める。怒った千箭は一匹の鬼の腹を矢で射てしまう。鬼たちは矢を抜くために手術をすることにした。熱を測り、注射をし、腹を切って弓を抜き、元どおりに縫い合わせて手術を終える。その後で千箭が鬼を捕まえ「今後は悪さをしない」と約束する証文を取る。千箭は「草も木も わが大君の国なるに 何処ぞ鬼の住処なるらむ」と謡い、「発弓の舞(はっきゅうのまい)」を舞いながら凱旋する。
江戸里神楽の全盛期は、江戸時代の文化文政期(1804〜30)。その頃は多くの神社の祭礼が月に一度のペースで催されたため、神事舞太夫は江戸里神楽のみで生活していくことができた。しかし明治時代以降、祭礼の数が徐々に減少していくと共に、職業として成り立たせることは困難になった。現在、若山社中、間宮社中、松本社中、山本社中の4社中が、重要無形文化財として国から保護を受け、江戸里神楽を継承している。
中休みの後、2番目の題目「両面踊り」が上演された。両面踊りとは、顔面におかめ、後頭部にひょっとこの面を付け、一人二役で舞われる茶番風の舞。おかめの面を付けた鈴木さんは、軽妙な仕草と足さばきで舞い、突然後ろを向いてひょっとこの面を見せながら、前を向いているように洒然と舞う熟練の技を披露した。
両面踊り
上演会最後の題目は「江戸寿獅子」。江戸寿獅子は「一人立ち」という、一人の舞い手が一頭の獅子を演じるスタイルの獅子舞で、鈴木さんは特に、この舞における巧緻性で高い評価を得ている。和太鼓奏者のケニー遠藤さん率いる太鼓と笛の囃子が始まると、赤と金の顔に白い毛の獅子頭に、老緑色で獅子毛模様の半纏をまとった獅子が登場。軽快かつ精密な足運びと共に、獅子頭を登龍のように動かしたり、頭をもたげたりしながら舞い始めた。獅子は口の開閉音と鈴の音を響かせながら客席を周り、三澤康総領事を筆頭に約40名の招待客全員の頭を噛んで邪気を払った。鈴木さんが獅子の頭を外して挨拶すると、賛嘆の声と拍手喝采が起こり、上演会は閉幕した。
江戸寿獅子
招待客の1人でハワイ日系人連合協会の関係者は「江戸里神楽を始め、日本には長い歴史を持つ独創的な伝統芸能が多く存在する。海外公演などを通して外国人に日本の伝統芸能を知ってもらうことは、国際文化交流の一環として非常に有意義かつ重要なことだと思う」と感想を述べた。
(取材・文 佐藤友紀)